e−たわごと No.002

投稿日 2002/11/16  楽しい会          
寄稿者 八柳修之
楽しい会             

10月、盛岡での「想い出をたどる会」は楽しい会であったと、おそらく出席した人誰もがそう思ったことだろう。
およそ、我々が日常かかわる「なんとか会」といわれるものは、二つに分けられるのではなかろうか。一つは、自分史の中で必然的に歩んできた小中高(大学)、会社という集団の中で関わってきた人々との会、同級会、ゼミ、クラブ、OB会の類である。もう一つはこれら必然的に関わったものではなく自らの意思で参加した各種団体、趣味などのグループなどの会である。
後者の会は、特にリタイア後はその会への関わり方によって、セカンドライフをより充実したものとすることができよう。大胆に分ければ、前者は過去を主体とする交流(「過去型」)であり、後者は現在から将来に向かう、その人の生き方を主体とする交流(現在型))にあると言えよう。
会社で働いている身であると、どんなに出席したいと思う同級会であったしても、会社の仕事が第一となるのは給料を貰っている以上、当然である。しかし、リタイアし自由な身になると、その会に出席するか、しないかは別な判断基準が働く。
今回、袰岩さんがまとめてくれた欠席者のメッセージを見ると、所用、体調、介護などの理由は別として、ボランティア活動や詩吟の会などと日程が重複して出席できなかった人がいた。これを見てこの人は素晴らしいと思った。すでに自分の居場所、現在の自分にとってより重要なものが何であるか、あるいは楽しいかを認識しているからである。
私はボランティア活動や趣味人ではないが、やっと、自分の居場所を見つけた。前にも書いたが「湘南ふじさわウォーキング協会」に所属し、自分の健康と、そして一寸は人様のために事務局の雑用、そこで知り合った人の紹介で「男の料理の会」などあらたな交流も広がろうとしている。
このような会の活動が同級会、会社のOB会などと重なったとき、どちらの会に出席するか。最近は迷わず後者、現在型を重視することにしている。
次に過去型の会に出席して、楽しいと思うかどうかは、その中身が重要である。年をとって来ると多くの人から、自分の知らない世界や人生観を聞きたいからである。だから、最近は酒を呑んで元気者だけの話に終わるような会は敬遠するようにしている。
会が楽しいか否かは、勿論、そこに出席する人々にあるが、出席する人が多くなればなるほど、人柄、会の進め方、幹事の舵取りによるところも大きいと思う。「想い出をたどる会」が好評であったのは、いつもながら幹事さんが、“いかにみんなに喜んで貰えるのか”の視点で企画・運営したことにあったと思う。

私が過去型で文句なく出席する会にこんな会がある。メンバーは色々な経歴を持った人20人位余、年2回開催し、かれこれ20年以上続いている。長続きしている理由を自分ながらに分析すると、1)幹事は持ち回りである。2)会の進め方は、かたくなにワンパターンである。3)いつも決まった場所で開催する。 4)会費は3千円程度。年金生活者にとって会費は重要な要素、交通費だって馬鹿にならない。
2)は補足する必要があろう。当番幹事は司会者となり、出席者に一人3分間のスピーチをさせる。各自、この日のために、この3分間の気の利いた話を考えてくるようである。一人3分でも20人では、約1時間余、その間みな黙って話を聞く。途中で人の話を折るような人はいない。お酒呑は適量、騒ぐ人はいない。20人のうち殆どはリタイアした人であるから、趣味の話、会社を興した話、ボランティア活動などの話である。もっとも中には「なにもすることがないから会社に出ています」なんて、リストラされた人が聞いたら激怒するような人もいる。大体、元お役人が多い。「人生色々」で、色々なセカンドライフを過ごしてしているか興味深い話に満たされ帰宅する。そして女房も面白い話を待っている。
(11月16日記)

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