e−たわごと No.003

投稿日 2002/11/21  チリモヤ(仏頭果)
寄稿者 八柳修之

 マンションのベランダには所狭しと色々な園芸植物が並べられてある。女房が丹精込めて育てているものだが、中には似つかわしくない植物もある。親父、義母などの故人の想い出にまつわる植物である。
 さすが湘南も立冬を過ぎると朝夕冷え込む。一番にチリモヤの苗を部屋に取り込んだ。チリモヤはチリ原産、成木には緑色をした林檎くらいの実がなる。お仏さんの頭のような形をしているので、和名は仏頭果という名が付いたという。チリモヤは厚い果肉を食べるもので、食べごろを見極めるのが難しい。
 なぜ、チリモヤの苗を育てるようになったのか。その話しである。
 2月に藤沢のマンションに引越したことはすでに述べた。海寄りの片瀬、鵠沼などは昔、別荘地とあってハイソな人が住んでいる。(注:福田博司さんもその一人)紀伊国屋のスーパーがあるのもそのせいであろう。好奇心もあって、一度、女房と覗いて見たとき、チリモヤが置いてあった。高野や千疋屋では一個3千円もするのだが、それより安かったとは言え、大枚を叩いて買った。なぜなら、偶々、Iさんが亡くなってから5年になることを思い出したからであった。湘南は暖かいからと思って種を播いたら2粒発芽した。
 ところで、Iさんは元M商事ブエノスアイレス支店長で、帰国後、97年に亡くなられるまで12年間親交があった。毎月第二水曜日の二水会の席で、チリモヤのことが話題になり、Iさんがペルー駐在のとき、デザートに好んで食べた話を聞いたことがあった。(田口さん、今度、スペインへ行かれたら味わってください。上品な甘さです)
 そのIさんであるが、リタイア後、奥さんと週に一回はゴルフをするというほどの優雅な生活を送っていた。96年8月頃から、風邪でもないのに咳が治まらないという。近所の医者でも、検診でも異常がないという。しかし、一向咳が治まらず、国立第二病院で精密検査を受けたところ、肺に水が溜まっており腺ガンと診断された。気丈なIさんが「あとどの位の命か」と尋ねると、長くても5か月とのことだあった。Iさんは延命措置だけはしないよう頼んだ。この話は、10月、Kさんと病院にお見舞いにいったとき、ご本人から聞いた話である。理路整然と感情の乱れも見せず、「肺に水が溜まるなんて敗因ですよ」、などと相変わらずの駄洒落を交えての話は、さすがジョーカ−のIさんであった。(Iさんから聞いたジョークは書き取ってあるから、披露する機会もあろう)、我々がここでよいからというのに、一階のロビーまで見送りに下りて来た。そして、振り返ってもいつまでも手を振っていた。結局、これが最後の別れとなった。
 12月、肺の水が取れ退院したことを、Iさんからの手紙で知った。年賀状には「今年は寅年なので暴れてみたい」と相変わらずきっちりとした字で書かれていた。
1月10日、大雪の翌日、Kさんとアポなしで、お宅へ伺ったがお留守であった。ポストにメモを入れて帰宅すると、奥さんから電話があり、今度は心臓に水が溜まり年末から入院しているとのことであった。
 25日(日)、お見舞いに行った人の話で、「今度、ゴルフをしましょう」という話をされたということを聞いて、翌1日日曜日、Kさんとお見舞いに行った。お見舞いには探し求めたチリモヤを持参した。だが「2日前から容態が急変したこと、今、休んでいるので起きたら伝えておきます」との奥さんの話に死期が迫っていることを感じ、早々と辞した。
 2月3日、奥さんから亡くなりましたという電話があった。霊前にはチリモヤ(仏頭果)がお供えしてあった。結局、チリモヤは食べることも見ることもなかったのだろう。もう少し、早くお見舞いに行けばよかったとKさんと悔やんだ。

それから、5年、今、Kさんは前立腺癌に侵され、「愈々final stageに入って来た感あり」という短い手紙を貰った。闘病している人に「頑張ってください」なんて惨いお見舞い状は出せない。迷った末、マンションの玄関に咲いたアメリカ・ディゴ(セイボともいう)の花の写真を葉書にして送った。セイボはアルゼンチンの国花である。
(2002・11・6)

アメリカ・ディゴ(セイボともいう)

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