e−たわごと No.012

投稿日 2003/01/10  ミロンガ
寄稿者 八柳修之
ミロンガ

 勤めていた会社のOBの新年会が神田であった。少し早めに家を出て古書街をぶらついた。少々、疲れたので喫茶店で休もうと思い、またぶらついた。最近入る喫茶店といえば、ドトールとかスターバックスであるが、三省堂の脇から入った裏通りにミロンガというタンゴ喫茶を思い出した。
 もうあるわけないよと思って行って見ると、この裏通りは地上げもされずにほぼ昔のまま残っていた。ほぼというのは、看板が「珈琲・世界のビール・タンゴ」と変わって、ビールとつまみ程度を出すようになっていた。
 中に入ると、若い感じの良い男のウェイターが、「奥の方が温かいですから、どうぞ」と言って奥へ案内した。ほの暗い店内、厚い木のテーブル、煤けた壁にはカルロス・ガルデルや港町ボカの写真、そしてアルゼンチンタンゴが静かに流れていた。お客は男子学生が二人、ぼそぼそと話をしているだけであった。ウェイターは、「お好きな曲があったら、どうぞリクエストしてください」と言った。

 静かに流れるタンゴを聞いていると、昔のことを想い出してしまう。どうも10月の「想い出をたどる会」以来、想い出づいてしまったようだが、折り返し点を過ぎた人生、想い出も生きるバネになればよかろう。

 少年の頃、運動や音楽音痴の私にとって、ラジオから流れる音楽を聴くのは大きな楽しみであった。日曜の夜7時半、関光夫の甘ったるい語り口の「映画音楽の時間」、ジャズの「軽音楽の時間」、マンボNo.5で始まる「S盤アワー」、幸いオヤジもこの種の音楽は嫌いでなかったのでよく聞いた。タンゴやフォルクローレは高山正彦の「中南米音楽」で知った。そして、この店の名前ともなっている泥臭い2/4拍子のミロンガのリズム、この店が神田にあり、タンゴファンの溜まり場になっていることも。

 33年、上京するやミロンガへ行ってみた。初めて入った喫茶店であった。そして薄暗い店内、板張りの床、たちこめる紫煙に田舎出の青年は驚いたのであった。この頃、名曲喫茶、純喫茶、歌声喫茶、なんとか喫茶全盛時代であったが、店のつくりは一様に薄暗かった気がする。

 お客を呼んだのか、客が入って来た。最初の客は年の頃70位の紳士、座るとウェイターがコーヒーを持って来た。かかっていたレコードがカナロの演奏に替わったから常連なのであろう。そのあと入って来たおばちゃんは、タンゴに聞きほれているのか、眠ってしまったのか目を閉じていた。若い男女はひと言も会話せずに、夫々、買ってきた本を読んでいた。

 そろそろ、お暇する時間である。600円の支払いを済ませ、「昔、来たことがあるよ。あまり変わっていないね」というと、「そういうお客さん、結構いらっしゃいますよ。そこにノートがありますからよろしければ一筆」と感じの良いウェイターが言った。
 目を通すと、この店にやって来て昔を懐かしんだ人たちが見えてくるようだ。「明大のタンゴ研究会でよく来ました。40年ぶりです」なんていう人もいる。
 そういえば、俺もそうだなぁ、就職してステレオを買ってから、わざわざ喫茶店に音楽を聴きに行くことはなかったなぁ。でもタンゴファンにとってこの店は、ふるさとにも似たなぜか懐かしい空間なのかもしれない。これもタンゴ、ノスタルヒア(郷愁)なのかもしれない。
(1・10 八柳 修之)

アルゼンチンタンゴのレコードはSP,LPを含め3,000曲以上とのことであった。

TOPページへ


iwayama3 since2002.11
Presented by Ayako Taguchi