e−たわごと No.017

投稿日 2003/01/30  調査レポート 「壬生義士伝にみる盛岡弁」
寄稿者 八柳修之
調査レポート 「壬生義士伝にみる盛岡弁」


 1月5日のミニクラス会で、「昔の盛岡のお年寄りの話言葉、どこかゆったりとした上品さがあったよねぇ」なんて盛岡弁のことが話題となった。盛岡弁が心地よく感じるのは、南部利直公が約400年前、三戸から盛岡に移り近江商人など上方商人を積極的に招き町づくりしたことが大きく影響しているからであろう。
 壬生義士伝には随所に盛岡弁がでてくる。小説では南部訛と括られているが、吉村貫一郎の妻、しずは雫石の百姓の出、盛岡の町言葉とは違っていたであろう。田口絢子さんによると、いわゆる本町などの町言葉と、同じ盛岡でも太田などの農村部とでは大分違っていたとのことである。それにしても、浅田次郎はよく調べているのには感心した。
 映画はまだ観ていないが、正統南部訛にすると字幕を入れなければならぬので、ネィティブ・モリオカンが観たなら、少しおかしいなぁと思うかもしれない。いやもう小説にあるような盛岡弁を話せる人は少なかろう。
 小説の中から、ンダンダと思った言葉を拾い出してみた。なかには、あまり意味の分からないものもある。以前、山中さんから送っていただいた「もりおか弁入門(菅谷保之著)」を基に、もう忘れてしまった言葉を探ってみたい。

じゃじゃじゃ・・・まんだ生ぎでるのすか。
   「ジャジャジャ」は感動詞、思わぬことに驚いて発する語。
   「何とこれはこれは」の意。
この、戯け者が。お恥(しょ)すとは思わぬがっ。
   「ショス」は恥ずかしい。小説では漢字にしょすとルビが符ってあるが、
   平仮名で書かれてあれば、大方の読者には解らぬであろう。
   蛇足であるが、オショシとは「御笑止」と書くのだと小田忠が言ったこ
   とをオベデル。「みなさん、おしょすがらないで投稿してくなんせ」
なしてこんたなことになるんだべか。
   原文では「なして」とあるが「ナステ」が一般的であろう。副詞、
   「どうして、なぜに」の意。

主家に阿呆面(あっぺずら)さげて、
   「アッペ・ヅラ」とは「間抜け面」、「阿呆面」のこと。
   AJOと入力しても阿呆と転換されない。差別語なのだろうか、
   WORDが馬鹿なのか。
   関西では「アホ」は「馬鹿」より程度が軽い筈だが。
俺の刀ば呉(け)でやる。
   「ケル」とは「呉れる」。ケネ「呉れない」 ケダ「呉れた」
   ケデ「呉れて」 ケレバ「呉れれば」 ケロ「呉れ」    
凍(すば)れるねえ。手が冷(しゃ)っけ
   「スバレ」は「厳しい冷え込み」のこと。縄で縛られるような寒さから
   きたものであろう。これは北海道でもよく使う。
この銭こが、みつや赤ん坊(おぼっこ)のべべになるべさ。
   ちなみに「アネッコ」は年頃の娘、若い女性。貫一郎の妻しづは雫石
   あねっこだった。「アネサン」はアネッコより敬意を表した語。
   他家の嫁、兄嫁、若奥様だそうです。65歳くらいの女性のことはなんて
   呼ぶのだべ。

おもさげなござんす
   申し訳ありません。小説にはしょちゅう出てきました。いい言葉ですね。
まんずまんず、お静(すず)かにおでんせや
   「まんずまんず」は「まあまあ」「これはこれは」の意。
   「お静かに」は「もりおか弁入門(菅谷保之著)」にはないが、
   「お気をつけて」という意味ではないかと思う。
   小学生の頃、欣ちゃんの家に遊びに行ったとき、帰り際に欣ちゃんの
   母上に「お静かにおでんせ」と言われて、喧しく帰るわけでもないのに
   と不思議に思ったことがあった。これもいい言葉ですね。

   「オデル」(動詞) 行く、来る、居るの丁寧語。
   「オデネ」(否定形) 「オデンス」(連用・現在形)
   「オデッタ」(連用・完了形)「オデッタ」(連用・接続形)
   「オデレバ」(仮定形) 「オデンセ」(命令形)

   「オデル」(動詞) が菅谷のいうように「行く」と「来る」という
   反対の意味があるとすれば、「お静かにおでんせや」は、そのときの
   状況で判断するのであろうか。
(1・30 八柳 修之)

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