e−たわごと No.044

投稿日 2003/06/20  チャグチャグ馬ッコ
寄稿者 八柳修之


 
 盛岡の初夏の風物詩ともなっているチャグチャグ馬ッコは例年6月第2土曜日に開催されている。どこの局のTVのニュースでも、その模様が放映されこちらも定番となっている。だが子供の頃見た記憶にあるチャグチャグ馬ッコとは大分様子が違って、すっかり観光化されていた。お馬さんはスリムになり、三懸(さんかい)と呼ばれる装束は派手になっていた。スリムなお馬さんが重い三懸と幼い子供を乗せ、コンクリート道を汗を掻きながら歩いている姿は、子供もお馬さんも気の毒に感じられた。お馬さんは、この日のために県内から90頭ほどかき集められたものだという。
 
 昭和30年代の前半頃まで、馬は農耕や運搬手段に使われ、街の中でも馬糞が落ちていた。馬糞を踏めば勉強ができるようになる、といわれて踏んだ子供もおったようだ。
 チャグチャグ馬ッコはもともと農家の田植が終わり野上がりの時季、馬の労をねぎらい、無病息災を祈願するため滝沢村の蒼前神社に詣でたものであった。その後、いつの時代からか盛岡の街を通り八幡宮まで行進するようになり、馬検場へと向かい馬とお別れした農家もあったかもしれない。

 ところで、田口絢子さんから送られて来た12日付岩手日報の論壇よると「正しく使いたい盛岡弁」と題し、いつの間にか「チャグチャグ馬コ」と観光ポスターに書かれ宣伝されている。昔は「チャングチャング馬ッコ」と言ったが、いつの間にか「ン」と「ッ」省略された。さらに賢治は、詩の中で「チャンガチャンガウマコ」と詠んでいるとしている。「ン」と「ッ」を入れ正しく使いたいものだ、というのが投稿者の趣旨であった。
 確かに長岡輝子の朗読を聞くと「チャンガチャンガ」と鼻にかかるような発音である。
 
 言葉は時代とともに変わるものであるが、それだけであるだろうか。
私は馬の首や装束に付ける馬鈴が時代とともに材質が変化し、人の耳に感じる音も変化したことにあるのではないかと思うのである。
 賢治や我々が見た頃の馬は足が太く短い農耕馬であった。装束もごく簡素で、普段どおりの馬鈴だけの馬が多く、馬鈴の材質は風鈴と同様鉄製だったろう。
 それが、観光化し装飾された鞍や飾りをつけるようになると、小さな軽い鈴を沢山つけるようになったと思う。明らかに人の耳に感じる鈴の音には大きな変化があった筈である。だから「チャングチャング馬ッコ」に戻れというのは無理があるかもしれない。
 
 だが、「馬コ」ではなく「馬ッコ」と呼んでもらいたいものだ。「馬ッコ」「べこッコ」には可愛いもの、好きなものニュアンスが込められている。そのうち「チャグチャグ馬」と呼ばれることを怖れる。「酒、呑みましょう」というより「酒ッコ呑みましょう」と言われた方が、なんだか断りにくい感じですからね。
 
最後に、宮澤賢治の詩の一節
「ほんのぴゃっこ 夜明けがかった雲のいろ ちゃんがちゃんがうまこ
橋渡りて来る」

 田口絢子さんが、宮澤賢治の研究家である斎藤一也さんに「橋渡りて来る」の橋は、どこの橋のことであるか、を尋ねているそうです。
 ここで、どこの橋だっていいんじゃないと思うか、それとも知りたいと思うかの分かれ目が、老後にとって大切ですね。
(6・20 八柳 修之

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