e−たわごと No.046

投稿日 2003/06/27  下の橋
寄稿者 八柳修之

 田口さんお尋ねの宮澤賢治の連作短歌4首は判りましたね。
そして、私のへぼな想像も終わりました。

夜明げには
まだ間あるのに
下のはし 
ちゃんがちゃんがうまこ見さ出はた人

ほんのぴゃこ
夜明けががった雲のいろ
ちゃんがちゃんがうまこ橋渡て来る


いしょけめに
ちゃんがちゃんがうまこはせてげば
夜明げの為が
泣くだぁぃよな気もす

下のはし
ちゃんがちゃんがうまこ見さ出はた
みんなのながさ
おどともまざり

 一般に二首目(太字)しか知られていないので、田口さんは、あとの三首と賢治はちゃぐちゃぐ馬っこを見たのはどこの橋だったのか知りたくなったのでしょうが、こうやって四首連作で見るとこの詩の感じ方もまた違い、橋は下の橋であることが明白です。

 賢治が当時、見たちゃぐちゃぐうまっこは、一生懸命に走って来たのですね。田口さんお尋ねの「しょけめに」は「いしょけめに(一生懸命に)」、一也さんのインプットミスですね。一也さんはウカツでした。
先に「ちゃんがちゃんが」が「ちゃぐちゃぐ」になったのは馬鈴の材料が変わったからではないかと書きましたが、その頃はお馬さんが走って参拝に行ったので、あるいは馬鈴がちゃんがちゃんがと聞こえたのかもしれません。
 でも、なぜお馬さんを走らせる必要があったのでしょうか。早くお参りして、午後からまた働かせたんでしょうかね。

 附中6回生の高野善夫さんは附六の掲示板のなかで「この歌を読んでいると、いつも涙が出そうになるのはなぜでしょうか? とくに‘泣くだぁぃよな気もす’に弱いのです」と言っておられます。すでにこの詩をご存知だったとは、さすが高野さんですが、賢治同様、やさしい心の持ち主ですね。

 さて、賢治がちゃぐちゃんぐうまっこを見た場所は、宮澤賢治 盛岡 下の橋で検索した所、大沢川原一丁目になんと「ちゃんがちゃんがうまこ連作 歌碑」(平成11年1月 宮澤賢治詩碑建立実行委員会)があることが判りました。
袰岩さんが図書館へ調べに行く前にお知らせします。
 「賢治が盛岡高等農林学校3年のとき、弟と一緒に下宿しているという家の跡にこの碑があります」等の説明がありました。(宮澤賢治の時の世界「石碑の部屋」花巻市以外)http://homepage1.nifty.com/ihatov/

 すでにお気づきのとおり、賢治は「ちゃんがちゃんがうまこ」と詠んでいます。うまっこでなくてうまこなんです。でも私の想いは「馬っこ」にこだわりたい。大沢川原には塩釜馬具店が今もなお健在で、以前、山中さんから写真を送っていただいたことがあります。
 そして高野さんがよいと思う三首目より二首目が広く知られているのは、「ちゃんがちゃんがうまこ」という言葉が入っているがために、観光宣伝文句として格好であるとこの短歌のみ採り上げたのであろう。
(6・27 八柳 修之

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