e−たわごと No.051

投稿日 2003/07/11  岩手病院の人々
寄稿者 八柳修之

 宮澤賢治の「ちゃぐちゃぐうまっこ」の詩を調べている中で、賢治の石碑が全国各地に多くあることを知った。そして、岩手病院にも詩碑があり、賢治が18才のとき入院したことも知った。賢治がなんの病気で入院したのかは判らないが、暗い感じのする難しい詩である。実は私も17才のとき岩手病院に入院したことがある。私はこれまでこの時期を封印したい時代、負の時代であったと思って来た。だが時がたち65も過ぎると負も正であったかと思うようにもなった。
 
 高校3年の9月、私は体育の柔道練習後、深夜激痛に襲われた。翌朝、やっとのこと岩手医大で診てもらったところ、脊椎間板ヘルニア、おまけに肺結核と診断され即入院となった。頭は真っ白、全身血の気が引き貧血を起こしてしまった。休学することになり、みんなから遅れることがなにより無念であった。結局、翌年の5月まで入院する羽目になった。
 
 本館向い側の二階建ての西病棟は結核病棟であった。病室は5人部屋で、年の順にいうと、Yさん(県農試勤務)、T先生(医大小児科医)、Sさん(I大生)、Hさん(C大生)、そして最年少の私であった。Yさんは年長者であったが、T先生が病室のリーダー格であった。
 
 私はギブスベットの中で、ただ決まった時間に検温し、結核の治療薬であるパスとヒドラジットを飲み、週に二度ストレプトマイシンを注射するほかは、栄養のある物を食べて寝ていればよいという毎日であった。3か月もすると腰の痛みは和らいだ。
 
 盛岡は狭い社会で、主治医は杉江先生(1年下の恒人さん(?)の兄上)、X線科の医長は足沢三之介教授であった。その頃、父は小麦や稲にX線を照射し、突然変異を起こす品種改良を医大の力を借りて研究していたので、足沢先生が私の入院、治療になにかと便宜を図ってくれたことを後から父に聞いた。
 また、同じ時期、向い側の特別個室には、小川智子さんのお父上の三田俊定学長が入院されており、時折、三田さん姉妹がお母様とお見舞いに訪ねて来ていたが、私は「ここに入院していますよ」と、ついに言い出せなかった。
 
 賢治は入院中に、それまでに自分の書いた短歌・口語詩などの作品を定型の文語詩に改作するという作業を病床で続けたとのことであるが、私には赤尾の豆単さえ暗記することもなく無為に過ごした。退屈で無気力な毎日、ただ小説を読むか、鉱石ラジオを聞くかの毎日であった。だが振り返ってみると、この時期、同級生の誰よりも多く小説を読んだと思う。なかでも、パールバックの大地は、世の中にはこんなに不幸な人もいるのかと涙しながら読んだものだった。
 
 隣のベッドのSさんはベニーグッドマン、グレンミラー、カウントべーシー、トミー・ドー-シー、ジンクルーパーなどのジャズに熱中していた。小型のプレイヤーまで持ち込んでいたが、婦長に注意されてからは、夕食の後、9時の消灯前に看護婦が検温に来るまでの間、ベットの下からプレイヤーを取り出しこっそりと聴いた。そのうちに、私もすっかりスイングジャズ患者となってしまった。
 
 映画音楽など紹介する関 光夫の甘い語り口の「映画音楽」というラジオ番組があった。東京で封切りされて間もなく、盛岡でもベニーグッドマン物語が上映された。Sさんと私はどうしても観に行きたいという衝動にかられた。
 そして夜抜け出して観に行こうという話になった。問題はT先生、立場上OKできない。また看護婦詰所前を気づかれずにどうやって通るかであった。
 結局、決行日はT先生が外泊を許される土曜日の夜、我々2人が出掛ける時間にHさんが看護婦詰所に行き話し込む、その間に脱走するという筋書きであった。Hさんはジェームス・ディーンのような好男子で看護婦達に騒がれていたので作戦は見事成功したかにみえた。
 
 翌日、ある看護婦が「昨夜、映画を観に行ったでしょう。非番で私も観にいったんです。着物だからすぐ分りましたよ。風邪でも引いたらどうするんですか」と諌めた。Sさんは「T先生の預かり知らぬこと、八柳さんを連れ出したのは自分の責任である」と弁明し、婦長にそう伝えてくれと言った。しかし、婦長からなんのお咎めはなかった。
 Hさんは2月に退院し、5月、T先生と私は退院した。賢治は入院中に看護婦に恋をしたというが、天才との差でなにもなかった。
 
 その後、私が入院のきっかけとなった柔道の相手をしたN君とは入学式で出会った。Sさんとは79年に偶然、N省・商社と合同の南洋材開発研究会の席で会った。課長補佐をされていた。Hさんは、田口さんの話によると現在、ある酒造会社の副社長をされているとのことであったが、ジェームス・ディーンの面影はないという。
(7・11 八柳 修之

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