e−たわごと No.061

投稿日 2003/09/10  母の介護を通して
寄稿者 田口絢子

今年も敬老の日が近づきました。新聞やラジオによりますと調査が始まった昭和38年ではわずか153人だった100歳以上のお年寄りがこの40年間で何と134倍も伸び今年は過去最多の2万人を越えたということです。
特に女性はその割合を85%も占め圧倒的に女性が長生きだと云うことす。

私の母も大正2年生まれで満91歳です。この3月まで毎日ひ孫と遊んだり趣味の織物をしたり、麻雀をしたりして元気に過ごしていましたが3月28日突然心臓の大動脈解離(心臓の血管に動脈瘤が出来て破裂寸前の状態)になり救急車で運ばれました。

高齢で手術は不可能、24時間または48時間以内でしょう・・との医師のことば・・・
その時はいつかはこの日が来るとは思っていましたがやはり全身の力が抜けていくような気持ちでした。
ところが、母は芯が丈夫なのでしょうか。あれほど不可能と言われた手術を決行したのが4月11日、手術は成功したとはいうもののそれから約1ヶ月間意識もなくただただ点滴だけで寝かせられてる状態の母を見て家族は口には出せませんでしたが本当にこれで良かったのかと思いました。

奇跡が起こったのは4月末です。状態が良いと云うことで人工呼吸器がはずされました。
そのとき母は目覚め自分の名前を云ったのです。
それからぐんぐん意識が回復するにつれ身体の方も蘇ってきておかゆから普通食になり、ベットから降りて車椅子になり5月末には心臓手術後のリハビリのため友愛病院へと転院しました。

友愛病院では約2ヶ月のリハビリ生活、私は新鮮なジュースや作りたてのスープをもって毎朝家を6時頃出ました。勿論病院食は栄養を考えて作ってくださっていますのでその必要は無かったのですが・・・・途中神子田の朝市に寄ったりして朝のドライブを楽しみました。

約2ヶ月のリハビリもひとまず終わり医師とも相談して7月末にヴィラ加賀野に移りました。付属小学校の真ん前にある介護老人施設ヴィラ加賀野は自立した日常生活ができるような訓練と在宅生活への復帰を目指す施設で要介護状態の人が対象になります。

ベットは100で母は4階の見晴らしの良い4人部屋におります。地下には温水プールもあります。9割が介護保険負担で残りの1割が自己負担です。個室もありますが母は目を離すと一人で立ち上がってそして転んで動けなくなってたことがあったので、4人部屋の方に移して貰いました。

私は近頃は毎日お昼前に母を迎えに行き家に連れてきて一緒に昼ご飯を食べ、少しお昼寝をしたり、川徳デパートに行ったり、時には美容院に行ったり・・時には息子のクリニックに行ってリハビリしたり・・そして軽い夕食食べさせて5時にヴィラに送っています。

91歳の母はしっかりしてる部分とちょっと惚けてる部分とがあってまぁ丁度良いかな〜と思ってます。私の家を出るときには自分の家(天神の弟の家)に帰ると思っていますがヴィラに到着するとなんだかよくわからないけどここに寝るのね・・と申します。そんな母を置いて帰るときはいつもいつも心が締めつけられなるべく母の顔を見ないようにして帰ります。
でも翌朝は「おはよう〜」と同室の人は勿論のことヴィラで出会うみんなに声をかけている私です。

まご達(母にとってはひ孫たち)は学校の帰り時々寄ってくれますし雨宿りすることも・・・
地下のプールで水泳教室もやってるので子どもや高校生の出入りも頻繁で賑やかです。
こうゆう施設が街の中にあることは本当にいいことです。大抵は人里離れた山の中で訪れる子どもなど滅多にいませんから。

中学の国語の先生だった後藤重雄先生にお会いしました。はじめなにかお年寄りに教えて
いらっしゃるのだと思っていましたがお聞きすると数年前軽い脳梗塞になられてヴィラの
ディサービスを受けられてるとお聞きしました。でもとってもお元気そうで私もなつかしく
お喋りしています。

先日9月生の入所者9人のお誕生会がありました。毎月いろんなグループがお誕生会に慰問します。附属幼稚園の園児達も来てお遊戯したり歌を歌ったり・・・
9月は民謡の踊りと唄の慰問でした。年齢的にはヴィラの人たちとあまり変わりないような女性グループが絣の着物を着たり、はんてんを着たりして賑やかに踊り唄いました。

実は私も前座?でみんなと一緒に童謡とか唱歌を歌いました。
私が住んでいる住宅地の中に10年前コーラスグループを結成、(コーラスといっても殆ど斉唱ですが・・)地域の老人会や施設訪問や他の地域と歌を通してたのしく交流しています。
そのグループの何人かと一緒に唱いました。母のために・・というより自分自身のために・・・いい時間を過ごしました。
 

 もう一つ付け加えれば8月5日6日7日は肴町の七夕まつり、肴町では毎年七夕飾りのコンテストがありますが和紙手染めで作った(私が染めました)七夕が昨年は最高の盛岡市長賞、今年もめんこいTV賞をいただきました。
昨年は七夕が終わってから地域の老人施設に上げましたが今年は母のいるヴィラ加賀野に飾って貰いました。和紙ですから手触りが良いのでなにかお年寄りがその紙で手芸されるといいなぁと思ってます。

ヴィラ加賀野のお年寄りを見ていますとそこは人生の終着駅ではなく、ゆったりと流れる時間の中でお一人お一人が沢山の人に支えられながらその支えてる人たちに光を与えながら生きてるように思えます。
母を通して大切なことを毎日ひとつづつ学んでいることに感謝しています。
 

肴町の七夕
(障子紙を折って染めたました)

後藤重男先生
(ヴィラ加賀野でお会いしました)

ヴィラ加賀野の食堂を飾った七夕
(右端に私と母)

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