e−たわごと No.064

投稿日 2003/09/15  MORE
寄稿者 八柳修之


 
 たまには賑やかな街に出て見ると、よい光景に出っくわすこともあるものだ。「犬も歩けば棒にあたる」である。横浜桜木町のランドマークタワービルへ行ったときのことである。
 
 用事を済ませたら11時半、サラリーマンで混雑しないうちにと昼食を摂った。帰宅しようと思って、ビルの中の商店街を歩いていくと、中央の吹き抜けのある広場で若い学生かと思われる女性がピアノを演奏していた。ベンチがいくつかあって、サラリーマンやOL達がサンドイッチやおにぎりをほおばっていた。
だが、みんな自分達の話に夢中でピアノの演奏など聴いている様子はなかった。演奏している曲は「エリーゼーのために」であった。
 閑人は思わず足を止めて聴いた。曲が終っても拍手は疎らであった。それでも彼女は小さな拍手ある方へ向かって軽い会釈した。そんな人たちの中に、演奏している姿を遠くからスケッチをしている白髪の品のよい老紳士を見つけた。年の頃70前後であろうか。そっと後に廻って覗いて見たが、素人の域を脱しない筆致であったが、彼女の演奏と同様にその姿は熱心に見えた。
 
 曲はその場に相応しく、ポピュラー、ジャズと続いた。1時近くになると、サラリーマンやOL達は潮を引いたようにどこかへ消えてしまった。演奏に耳を傾けているのは、待ち合わせをしていると思われる人、一寸休憩している人、十指にも満たなかった。だが、曲が終るたび拍手は大きくなっていった。それに気をよくしたわけでもなかろうか、終了時間と思われる1時を過ぎても演奏は続いた。MANHATTAN.MOON RIVER.IF YOU LOVE ME.FLY ME TO THE MOON......ますますその場を立ち去ることはできなかった。最後まで聴こうと思った。もうその頃、白髪の紳士は筆を止めて聴き入っていた。
 
 TO LOVE AGAINが最後の曲、時計は1時15分を廻っていた。彼女が楽譜を整理しピアノにカバーを掛けたとき、白髪の紳士はゆっくりと彼女に歩み寄った。一言二言声をかけ、スケッチブックから彼女を画いた絵を切り取って差し出した。彼女は喜んでそれを受け取った。彼女はピアノのカバーを外し、譜面を開いて再びピアノを弾き始めた。「MORE」という曲であった。彼女がお礼の気持ちに白髪の紳士に訊ねた好きな曲なのであろう。
 格好いいなぁ、と思いながらも閑人は一寸、ジェラシーを感じたのであった。それは私も好きな曲「MORE」でもあったからであろうか。
 家に帰り、お昼に見た一寸いい光景のことを女房に話すと「あなたも絵の勉強したら」と言った。TO LOVE AGAIN .MORE
 (9・10 八柳)

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