e−たわごと No.067

投稿日 2003/10/04  鮭の里帰り
寄稿者 八柳修之


 
 期せずしてiwayama3も附六便りにも中津川に遡上する鮭の姿を伝えている。成島さんは里帰りの最初の玄関口、下の橋付近で撮影したものであるという。さすがお出迎えの撮影ポイントを心得ている。鮭は傷ついていないし、写真技術も成島さんに軍配が上がる。
 この写真を見て高野さんは中学の遠足のとき、中津川で鮭を捕まえたことがあったと回想している。昭和26〜27年頃、中津川はまだ清流であったのかなぁと思うと同時に、あの頃、北上川は松尾鉱山からの廃水で汚れていたので、よくまあ鮭が遡上して来たものだと、いまさらながら感心するのであった。
 その後、30年代からの経済成長とともに山の開発、農薬の使用や洗剤などによる生活廃水によって川は汚染されたのだが、人々が環境問題を考えるようになり、その結果鮭も戻って来たのであろう。
 中学の頃、鮭は高価で暮れにお正月用にと塩引鮭一本を買うのが、中流家庭にとってのささやかな贅沢であった。今では安価な生鮭、スモークサーモンがスーパー店頭に年中並んでいる。ノルウエー、チリなどの外国産の輸入物が安く入って来るようになったからである。
 
 鮮やかな色をしたチリ産の銀鮭(別名ギンマス)、実は稚魚を放流して帰って来た鮭ではない。養殖しているのである。
 日ソ漁業協定で沖獲りが禁止され漁場を失った日本の漁業会社が、自然環境の優れている南半球のチリ、アンデス山々の森林から流れる清流と豊かな海のプランクトンに目をつけたのは70年頃であった。しかし何度も稚魚の放流を試みたが回帰して来ることはほとんどなかった。北半球産の鮭の稚魚を南半球で放流し、川に戻って来ることをDNAにインプットさせるには相当の年月が必要であるというのが結論らしい。(小川さん本当でしょうか)
 鮭は孵化、育成後、河川に放流されるが、外洋に出ないように湾内にネットが張られそこで養殖される。餌は魚粉、小麦粉、大豆カス、魚油などをペレットにしたもの。サーモンピンクの色を出すためエビも入れられる。(なんでこんなに詳しいかって、息子が配合飼料会社に勤めているからです)

 昨年10月、卒後50年記念「想い出をたどる会」で(正確には49年であったが)、有志の同級生と中学校から駅前の会場まで中津川河畔を語り歩いた際、中の橋から最後の力を振り絞って遡上する鮭を見て一同感動した。
 附六会も来年の10月に卒業50周年記念同級会を催すとのこと、50年ぶりに回帰する人もいるでしょうか。盛岡と附属のDNAがインプットされているかぎり。
 (10・4 八柳)

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