e−たわごと No.068

投稿日 2003/10/26  ポルトガル点描2
寄稿者 八柳修之

サウダーデ(saudade)
 

切々と歌うファドなのだが

 「哀愁のポルトガルと世界遺産の旅」、人生の切なさを歌うメランコリックな民謡「ファド」、ポルトガルの憂鬱「サウダーデ」を肌で感じてください。というパンフレットに釣られてアミーゴのOさん夫妻とツアーに参加した。
 ファドには運命とか宿命という意味がある。フランスのシャンソン、イタリアのカンツォーネ、日本の演歌にあたるものだと思えばよいらしい。
 だが、「サウダーデ(saudade)」とはなにか。葡英辞書を引くと「懐かしさ、やるせない思い出、郷愁、あこがれ、思慕、切望、熱望、船乗りの歌」、いろいろな単語、いろいろの意味が含まれていることがわかる。

 サウダーデというポルトガル人に特有といわれる情念に関心を持ったのは、以前、「わが心の旅」というNHKのTVで新田次郎の息子がポルトガルを旅行する姿が紹介された番組であった。
 ラフカーディオ・ハーン(小泉八雲)は、日本を紹介した文学者として広く知られているが、ほぼ同時期にやはり日本文化を紹介したポルトガル人外交官・作家、ヴェンセスラウ・デ・モラエスのことはほとんど知られていない。
 モラエスは明治22年在日ポルトガル領事として着任、以来日本に魅せられて永住を決意、日本女性と生活を共にし、昭和4年妻の徳島でその生涯を終えるまでポルトガルへ一度も戻ることもなく文筆活動に専念した。モラエスは西欧風の個人主義、合理主義に疑念を抱き、日本精神の賛美者であった。その作品は「おヨネとコハル」など翻訳されているが殆ど知られていない。

 新田次郎はこのモラエスの生き方に興味を持つが、執筆中モラエスが抱き続けたであろうポルトガル人の心に流れるサウダーデという心情の壁にぶちあたる。そして、サウダーデを理解するためにポルトガルへ出かける。取材を通してサウダーデとは人々のいろいろな想い、願望であることを知り小説のタイトルともなった「サウダーデ」を「孤愁」と訳す。しかし、新聞連載中に急逝してしまう。
 そこから後が心の旅であった。50過ぎの数学者である新田次郎の息子(母親は作家の藤原テイ)が、父親が取材で訪れた場所や人々を尋ね歩き、父親が書きかけた最後の作品を完成させようとしている所で番組は終った。息子は、まだ続きを書き上げていないようだ。
 
 ポルトガルはラテンの世界であるが、そこに住む人々の表情は明らかにスペイン人やイタリア人とは違っていた。スペインとは山脈によって隔てられている訳ではないのに、小柄で細面、どこか物哀しそうで愛想もなく、その上美人も見かけなかった。とても陽気なブラジルの母国とは思えない。
 
 旅の良し悪しは仲間とガイドによって決まるといってもよい。ご一緒したOさん夫妻はラテン通であったし、ガイド氏はポルトガルの歴史に関心を持ち移住した人であった。我々が歴史などに関心があると判るとバスで移動中2時間も喋りっぱなしであった。
 ガイド氏によると、「サウダーデ」とは、古くは大航海時代、船乗りの夫や男を想う妻や女の気持ち、船乗りが家族や故郷に馳せる想いが原点であったが、やがてブラジルに連れて行かれた奴隷、植民者の情念、さらには意のままにならぬ人生への慟哭、心の苦しみ、痛み、失われた人へ再び逢いたいという願望などなど、外国人にはわからぬポルトガル人の情念であるとるという。新田次郎が「孤愁」としたのはさすがである。
 
 ファドを聴くのは旅行の目玉となっているので、カサ・デ・ファド(飲食もできるレストラン)で聴いた。ガイド氏が説明できにくいので、「それぞれご自分で何かを想って聴いてください」と言った。歌い手は黒装束、黒いショールを纏った年増の女が、丸い形をしたポルトガルギターに合わせて歌う。なにを歌っているのかわからないが、ときどき歌詞にサウダーデという言葉が洩れる。薄暗い雰囲気と相俟って胸がつまりそうでやるせない気持ちにはなれたが、外国人に日本の演歌がわからぬことも理解できた。(もっとも、自分自身、演歌やカラオケは嫌いなのだが)
 下町のアルファマ地区に行けば、本物のファドが聞けるから行かないかとガイド氏に誘われたが、11時に始まり2時頃に終ると聞いて止めた。(10.26)

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