e−たわごと No.074

投稿日 2003/11/04  荒唐無稽な話
寄稿者 八柳修之


 
 田口絢子さんが、朝日の土曜版「be on Saturday」は読み応えがあるとiwayamaに書いておられました。私も毎週、「パソコン・マニュアル不要」を切り抜きしているし、女房はボケ防止のためか「Beパズル」をやっている。
「もう解らない」と言われてからやおらご登場という次第である。
 11月8日版では室生犀星の「抒情小曲集」の一編、故郷の金沢のことを詠った「ふるさとは遠きにありて思うもの そして悲しくうたうもの」を採り上げていた。「ふるさとは遠きにありて思うもの」は解る気がするが、「そして悲しくうたうもの」はなぜか理解できなかったが、犀星の生い立ちを知ると解った気もした。
 「食採々」というコーナーでは天然キノコが盛岡で売られていることが載っていた。盛岡は春の山菜もいいですが、秋のキノコもいいですね。
 
 本題は「シリーズ夢 うちの宝もの」で青森県新郷村になんとキリストのお墓があるという話です。このキリストの墓の廻りを盆踊りの浴衣姿の婦人達が、「なにゃどらやあ〜、なにゃどなされの、なにゃどらやあ〜」と歌いながら踊るという。私はiwayamaに昔の盛岡の盆踊りの太鼓のリズムは県北の大野村の盆踊り「なにゃどやら」に類似したこと、そして「なにゃどやら」の囃子詞の意味は、「一体、なにがどうなっているのか」という農民の藩に対するささやかな抵抗の意味があったのではないかと勝手に推理した。(No.56 遠い太鼓)
 
 記事を読むと、通説では民俗学者の柳田国男が、この奇妙な歌を南部地方に古くからある恋歌と解釈したとあった。一応疑問は解決したのだが、どういう意味の恋歌なのか新たな興味が湧くが後段の記事には驚愕した。
 この「なにゃどやら」、とんでもない解釈をした人がいたのであった。ヘブライ語で「御前に毛人を掃討し、御前に聖名をほめ讃えん」という意味だという。キリストは刑死を免れてシベリアを経て青森にやって来て106歳で天寿をまっとうしたという荒唐無稽な話だ。
 
 だが、笑ってもすまされない思い出がある。子供の頃、蝶が森頂上のベニイタヤの木の下に金の鶏が埋められているという話、河童に追いかけられたという話、高校時代、嶺という国語教師にジンギス汗義経説など聞き興奮したこと、徳川埋蔵金の話しとか、この種荒唐無稽な話にはいくつになっても興味を持ってしまい、これだけはいつも女房に「好きね」と笑われてしまうのである。
 (11・4 八柳)

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