e−たわごと No.076

投稿日 2003/11/28  甦る熱球
寄稿者 八柳修之

 東京六大学野球の早慶戦が100周年を迎え、その記念試合が11月26日、神宮球場で行われ出かけた。毎年この時期、六大学のOB戦があり女房と神宮に出かけている。なぜ女房と一緒かというと、女房の姉の亭主、かって早稲田の三羽烏、巨砲といわれた荒川宗一の年に一度の晴れの舞台、その勇姿を応援するため親戚縁者の集いが神宮であり、もう一つは神宮外苑の銀杏並木の紅葉を見に行くためでもある。
 
 今から35年前、釣書に荒川宗一の名を見て驚いたことがあった。その名前は記憶にあった選手だったからである。(そのことで結婚を決めたわけではない)
 昭和23〜25年頃、まだ六大学野球は人気が高かった。情報源はラジオ、読みまわしの雑誌「野球少年」「ベースボールマガジン」であった。こうやって仕入れたネタを持っている者が、物知りとして一目おかれていた。早稲田の3番荒川宗一、4番石井藤吉郎、5番岩本暁のトリオ、広岡、小森、荒川博、小さなエースといわれた末吉、慶応では岩中、徳丸、平古場、花井などである。慶応の選手の記憶が薄いのは、当時プロ入りした人がいなかったためであろう。
 
 例年の六大学OB戦は一日3試合もあるのだが、観衆は家族、親戚縁者に限られ寂しいものである。だが今回は特別であった。早慶戦100周年ということで、40歳以上のOB戦の後、現役プロ・社会人と学生が出場する「オール早慶戦」の試合、ダイエーの和田毅と巨人の高橋由伸の勝負が見られるとあって、OB戦が終る頃には約1万人の観衆が集まった。
 
 OB戦に出場した我々世代の選手では金澤、野村(早大監督)、徳武、慶応では巽、清沢、大橋などであった。もうみな白髪や禿げたオジサンたちであるが、ユニホーム姿になりグランドに出ると、別人のように生き生きとしていた。
バッティングは鋭い当たりも見られたが、ランニングが問題であった。二塁打のケースでも一塁アウトになることもあったが、一方、元巨人の松本匡(53)阿野(55)のように俊足を生かしたランニングホームランもあった。
 2試合とも慶応が勝ったが、勝ち負けはどうでもよかった。好プレーには敵味方を問わず歓声と大きな拍手が沸きあがり気持ちがよかった。
 
 荒川は監督として登録選手30名を5回まで全員出場させなければならぬとあって、審判との往復に忙しかった。荒川は今年78歳、旧制中学、師範、陸軍予備士官、復員、早大、大昭和、高橋ユニオンズ、東レや帝京大監督を務め、現在は稲門倶楽部会長という経歴の持ち主、戦前からのグローブ大切に持っていたからということで、復員後、野球一筋の人生を歩んで来た。なかでも天覧試合でヒットを打ったことや、初めての日米野球で海外遠征したことなど、話は尽きない。
 その足跡をまとめましょうと安請け合いしてから早2年経ってしまった。
来年のスケジュールには組み込まなければならない。そう思いながら落ち葉を踏みしめながら家路についたのであった。
(11・28 八柳)

明治神宮外苑の銀杏並木(11・26 撮影)

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