e−たわごと No.079

投稿日 2003/12/28  思い出パズル (岩手日報より)
寄稿者 田口絢子

岩手日報 12月27日「ばん茶せん茶」コーナーに伊東雅子さんの寄稿文が掲載されたのでご紹介します。

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 ラジオ岩手(現・IBC岩手放送)が、県内初の民間放送としてスタートし、今年で半世紀。25日は開局50周年の記念日だった。

 放友会(退職者の会)でも、メモリアル・イベントとして、開局当時かかわっていた人たちで座談会を−ということになった。

 役員の声掛けで、男性は苦もなくメンバーがそろった。ところが女性は苦労したらしい。亡くなったり、遠方だったり、体調が思わしくなかったりと…。

 ということで、開局から5年目に入社した女子アナに声が掛かった。

 おかげで私も同期入社のHアナと何10年ぶりかに顔を合わせることができた。

 ジジババ≠スちは、一気に50年前に戻った。苦労も楽しみとしか感じられなかった当時のあれこれ−。

 一人ひとりの思い出話は誠に多彩。あんなことがあったね、こんなこともあったよ、あれは冷や汗ものだった、あんな時は覚悟したよ−。

 同じ経験をしていながら、心に残っているものの違いに驚くばかり。

 当時のタイムテーブルを保存していた先輩には脱帽した。触れれば崩れそうな、変色した紙には言葉もなく眺め入ってしまった。

 また、夫の持っていた年表を見ると、1953年の9月には、アナウンサー試験があった。そして12月25日正午に本放送開始。最初の番組は「岩手日報ニュース」とあった。岩手日報とは半世紀のお付き合いになる。

 在職中は、私もよく日報に通ったものだ。原稿を頂くと記者の前で下読みをして、すぐ戻ってスタジオ入りという時代だった。乱筆、悪筆にはよく泣かされた。

 今でも、ニュース原稿をめくると白紙だったり、帰り道で風に原稿1枚飛ばされたりという夢を見ることがある。

 座談会は3時間ほどで終わった。帰りは彼女と2人でコーヒータイム。現役時代の体重をキープしている彼女と、十数キロ増えた私。ま、いいか。2人の思い出も重なったり、ずれたり。

 中津川に面した旧社屋は、回転ドアが当時とても新鮮だった。2人とも新社屋に移る前に退職したけれど、社に対する思いは同じ。

 みんなで持ち寄ったジグソーパズルも形がはっきりしてきた。
(盛岡市、主婦 65歳)

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