e−たわごと No.091

投稿日 2004/04/22  自分遺産の旅
寄稿者 八柳修之

 旅に出る理由はいろいろあるようだ。斉藤一也さんは、「北イタリア音楽紀行の旅」に参加し、念願の本場イタリアの舞台でオペラのアリアを歌ったという。そして、「今回の旅行は終生忘れ得ない思い出になった」と言っている。
 また、私の山好きの友人は、ヒマラヤ登山をすべく日ごろから鍛錬し近く長年の夢を実現しようとしている。
 人生、すでに第3コーナーをまわりホームストレッチに差しかかろうとしている中で、「あそこに行かずして死ねるか」ということであろうか。
66才のとき受けた感動と70才になったときのそれとでは明らかに違うと思うのである。とすれば、体と頭がクリアなうちに自分の記憶(CPU)のアルバムに書き込む、このような旅こそ、自分遺産の旅である。

 さて、今回、南フランスを中心に10日間の駆け足旅行をして来たが、斉藤さんのように明確な想いは希薄であった。だが女房は違っていた。絵を描くことはまったくできないのだが、印象派の画家が描く絵が好きな彼女は、その絵の舞台となった陽光降り注ぐプロバンス地方の風景をこの眼で確かめておきたいというのが夢であった。
 ツアーなので、いくつか世界遺産に指定された教会、遺跡、お城が含まれていた。これにはただ凄いなぁ、という建築工学的感嘆にしか示さなかった。また宗教画はキリスト教や聖書を知らない者にとっては、どうも心は動かない。

 旅の初日、コートダジュールのニースは生憎冷たい雨、文字どおりの青い海岸は見られずがっかりだったが、山の手にあるシャガールの美術館を訪れることができ機嫌を戻したようだった。
 プロバンス地方に入ると、お天気もよくなり、どこまでも続く牧草地、小麦畑、葡萄畑、黄色い菜種畑、そして所々に石造りの農家が点在する豊かな田園風景が広がり、太陽が燦々と輝き印象派画家の絵具の色づかいそのものである。
 アルルの町に入る少し手前にゴッホが描いた跳ね橋があった。運河は昔、重要な交通路であったが、現在は使用されておらず、当時のものは洪水で流され修復されたものであったが、周囲の風景から往時を偲ばれるものがあった。
 街の至る所にある噴水があるエクス・アン・プロバンス(通称エクス)。この町でセザンヌが生まれ生涯を終えた。セザンヌはエクスから眺められる「サント・ヴィクトワール山」を60枚以上描いたといわれる。まだ雪に覆われているかと思ったが、石灰岩の山であるという。日ごと、時間ごとに表情を変える山の姿は彼の心を捉えたのであろう。アトリエを見学したが、当時の画材、洋服などそのまま保存されていた。
 ノルマンディ地方のルアーヴルという小さな港町では、モネの少年時代の先生であったブーダンの美術館を訪ねた。モネの絵によく似ていてブータンがモネの絵に大きな影響を与えたことがわかった。
 パリ近郊のジベルニー村では、睡蓮の絵画で知られるモネの邸宅と庭園を見学した。浮世絵がモネの絵に大きな影響を与えたといわれるが、浮世絵をみて造った日本庭園の睡蓮はまだ咲いていなかったが、柳が芽を吹きそれなりの雰囲気があった。フランス人は浮世絵のコレクションに関心があるようで、賑わっていたが、そこは素通りして庭園のベンチに座ってぼーっとしているのが彼女にとって至福の時であったようだ。
 そして最後はパリのルーブル美術館とオルセー美術館の見学で、この旅を締め括った。女房にとっては十分満足した自分遺産の旅であったことであろう。

ゴッホの跳ね橋
跳ね橋の絵の原風景、モネが描いた跳ね橋は白い色をしているが、
洪水で流されたため資を集めて復元された。
保存のためタールが塗られていた。
 

ジベルニーのモネの日本庭園
モネはここで睡蓮の絵をたくさん描いたが睡蓮はまだ咲いていなかった。
(04・4・22 八柳)

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