e−たわごと No.101

投稿日 2004/06/18  吉村早生(わせ)
寄稿者 八柳修之


 

浅田次郎の「壬生義士伝」が出版、映画化されすでに4年が経った。そして現在、テレビでは「新選組」が放送されている。脚本は三谷幸喜、近藤勇役にSMAPの香取慎吾を起用するなど明らかに若い人受け、視聴率狙いである。
新選組はこれまで子母澤寛を始め色々な作家により書かれてきたが、その中心は近藤、土方、沖田、芹沢、斉藤であった。一無名隊士の吉村貫一郎にスポットを当てその人間像を描いたのは浅田、彼の文学の真髄である。浅田の小説を読んでいると、史実とフィクションとが巧みに構築され、読者にはノン・フィクションかと思わせる上手さ、演出家的手法の上手さがある。

映画にはなかったが、吉村貫一郎の次男(同じく名は吉村貫一郎)は、父貫一郎が生活に困窮の果て、八才のとき中越の豪農江藤家に養子同然に出された。のちに貫一郎は稲の研究に生涯を捧げようと農学を志し、米馬鹿先生と異名をとるほど稲の育成と品種改良に尽くした。それは幼時期に体験した凶作と飢餓にあった。東京帝大教授定年退官後、明治36年に開校した盛岡高等農林学校で教鞭をとることになる。仙台から盛岡までの車中でこれまでのこと、父や盛岡への想いが語られている。

さて、小説によると、米馬鹿先生の吉村が冷害に強い新品種を作り出した「吉村早生」は「陸羽20号」と「亀の尾」を交配したものだと述べている。
これは、どこまでが真実であるのか、検証してみたい。

東北農試(現在は東北農業研究センターという)に、メールで問い合わせてみた。6月11日、「陸羽20号と亀の尾4号との交配種は陸羽132号です。大正2年に国立農事試験場陸羽支場(秋田県大曲市)で交配してつくられました。
冷害による凶作で苦しんでいた東北農家を救った品種として歴史に名を残しています。育成者については、少し時間をください」と広報担当の女性から返事があった。陸羽132号、確か理科か社会科で習ったことがあった。

6月18日、「陸羽132号の育成者は多数のようですが、昔は学歴のある人が筆頭の育成者として残ったようです。以前、新潟の高校生から吉村早生という品種があるのか、聞かれたことがあります。資料が少なくお役に立てるかどうか、分かりませんが、2〜3資料を集めました。ご希望なら郵送します」と返事があった。
その学歴のある者こそ、吉村貫一郎の次男の貫一郎に違いがない。その人こそモデルなのだ。貫一郎の育った豪農の江藤家は越後であった。新潟の高校生が私と同じように吉村早生に関心を持ったことを嬉しく思った。(つづく)
 
(6・18 八柳修之)

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