e−たわごと No.106

投稿日 2004/07/29  山行きの筈だったのだが
寄稿者 八柳修之

7月23日から26日までの4日間、山と渓谷社主催の「羅臼岳・斜里岳・雌阿寒岳登頂ツアー」に斉藤一也さん、丁子さん、関さん(一也さんの知人)と参加した。リーダー格の斉藤毅さんが、直前に具合が悪くなり不参加となった時点から、先行きが懸念されたが、やはりその通りになってしまった。
3峰登頂記を書くつもりであったが、従軍記者兼カメラマンが任務をまっとう出来ず、観光旅行報告をもってこれに代える。

23日(金):羽田発10:45 JAL1183便 女満別着12:25 女満別より専用バスにて小清水原生花園、オシンコシンの滝、さらに知床峠まで足を伸ばし、明日登頂する羅臼岳(1,660m)の全貌(写真@)、遥か国後島を眺望した。
宿泊は羅臼岳登り口の岩尾別温泉の「地のはて」というホテル。「地のはて」という名にしては立派なホテルであった。
夕食時、自己紹介、今回、ご一行様は我々4人を含め、14名(うち女性2名、ガイド2名)我々以外は50才代、いずれも現役の人ばかり。すでに体力、経験に差があったことは歴然としていた。

24日(土):山の朝は早く日の上るのも早い。4時半、ホテルの裏手の登山口から原生林の中のやや急な坂道を登る。快調に登るが、1時間ほど登った所で、急に右膝に激痛がはしる。今回の登山に備えて俄かトレーニングで石段の上り下りをしたのが敗因と分析、リタイア。熊の出没地とあって、ベルを鳴らしながら恐る恐る引き返す。露天風呂に浸かって痛みを癒す。雄鹿が2頭やって来たがシャッターチャンスを逃す。でも極楽、極楽。
3時半、一行ご帰還、3人はよれよれ、関さん第一声「3度死んだ」、一也さん、転んで膝を痛め敗残兵の如し。もっともこちらは脱落兵なのだが。今日は30度を超す暑さ、水不足と無風状態も災いしたようだ。皇太子と雅子さんは難なく登頂したというが、若さのせいであろうと一同納得。
休む暇もなくホテルのバスで2時間、屈斜路湖ホテルへ。明日は斜里岳(1,574m)登山なのだか、羅臼岳より厳しいと聞いて、4人組は造反し観光に切り替えることにする。

25日(日):レンタカーは女満別にしかないというので、朝7時、タクシーで1時間、女満別へ。レンタカーでサロマ湖のワッカ原生公園へ。一部上場企業の社長までした人に運転させるなんて、我々はひどい心臓なのだが、本人はドライブと写真撮影が趣味で一向構わぬというから、ご容赦賜る。ワッカ原生公園は日本最大の海岸草原というふれ込みであったが、OFF LIMITSが多く、近くで花の写真は撮れない。写真Aは袰岩さんの写真にあった構図をパクッタもの。左側、尖がった山が斜里岳である。霧の摩周湖も晴れていて運がよかった。(写真B)一日で230Km走破する。

26日(月):一也さんはイタイイタイ病、チョウシのよい丁子さんのみ、早起きして雌阿寒岳(1,499m)登山に参加。8時、3人はガイドに紹介された小清水町のリリーパークへ。今日は写真撮影デーに徹しようと関さん、もとより異論なし。面積、東京ドームの3倍、110品種、700万の百合の花が咲き乱れる。
花の色は赤、白、黄色と鮮やかであるが、あまりたくさんあると写真にならない。(写真C)。
なぜか、ランダムに植えられた花々あるとなぜかほっとする。(写真D)。
女満別まで撮影スポットを求めて走る。最後に、私が気に入った北海道の風景(写真E)、麦の茎を刈り取った後ロールにして、牛舎の下草とし肥料とするという。13時、女満別近くの後楽園という温泉で休憩。前苦・後楽の旅を終える。
女満別発16:15 JAL1186便 羽田着18:00 お疲れ様でした。

 
   @ 知床峠から見た羅臼岳、丁子さん、一也さん、
   よく登りました。知床峠からは国後島もまじかに
   見られたのですが、写真にすると出ません。

 
A 袰岩さんの写真にあった構図をパクッタ風景
B 霧の摩周湖は、運良く晴れていました。   C リリーパーク、冬季にはスノーモービルランドと
   なるという。町おこしのテーマパークである。

 
D 月並みだが、なぜかほっとして撮った写真 E 気に入った北海道的風景
(八柳)

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