e−たわごと No.120

投稿日 2004/12/25  (続)彦さん
寄稿者 八柳修之


 
鈴木彦次郎さんが中心となって昭和24年に立ち上げた盛岡文士劇、中断はあったものの今年、復活10周年を迎えたという。娘の万里子さんが、「芝居好き、文学好きの人たちに自分なりの種を播いた生涯だったと思う」と袰岩さんへの手紙の中で述べている。(→盛岡発 No.066)
万里子さんがご存知かどうか分からぬが、鈴木彦次郎さんは、(そのお人柄からか、「彦さん」と呼ばれていたので、以下「彦さん」という)、また相撲好きでもあったことは、あまり知られていない。
彦さんは、「時代小説など大衆文芸に新分野を開き、なかでも相撲小説では一家をなした。「両国梶之助」などの5作は映画化され、「土俵祭り」の脚本は、のち巨匠と言われた黒澤 明が始めて手がけた脚本であり、主演は片岡千恵蔵であった」(「 」内、インターネット検索による要約)

彦さんが、相撲に興味を持ったのは江戸深川の生まれであったことも一因かと思われる。子供の頃から相撲好きで、相手は竹馬の友の花坂吉兵衛。弟の同級生の父親で、二人でよく相撲を取った話を聞いたことを記憶している。
我々が附中卒業3〜4年後、相撲部ができ、その土俵開きに彦さんがお見えになったということだ。附属に相撲部? 周防監督、モックン演じた「シコふんじゃった」版かと思いきや、堂々、市内の大会で優勝もしている。
住吉神社の境内に土俵があって、よく若者が相撲をとっていたが、そこで彦さんの姿をよく見かけたものだった。だが、彦さんの熱意は通じなかったようで、岩手からは有名な相撲取りは出ていない。
岩手はハングリーでないからであろうか、相撲取りは青森、ボクサーは沖縄といわれる。一人当たりの県民所得(平成11年)を調べてみると、たしかに青森、沖縄は最低の部類、岩手は東北6県では宮城、福島に次ぐ3位(2,642千円)である。(相関ないかなぁ)

さらに、調べてみるうちに、相撲好きの彦さんが喜ぶようなことが最近の調査で分かった。「江戸時代、盛岡藩を中心に行われていた南部相撲は、江戸相撲の原形ではないか。江戸に先駆け興行が行われ、相撲のルールや行司の服装、式法も整備されていたことが、奈良女子大の木梨講師の調査によって分かったという。
(近世こもんじょ舘 http://4d.hops.co.jp/komon/index.html とぴっくす館、平成16年6月8日、ご関心のある方はクリックしてください)

インターネットは、居ながらにしていろいろな情報にアプローチでき、知的好奇心を満足させてくれます。「万里子さん〜、新年からパソコンやりませんか。
万里子さんの知らない彦さんの姿を発見できるかもしれませんよ」
(12・25 八柳)

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