e−たわごと No.149

投稿日 2005/08/31  学芸会雑感 その1
寄稿者 竹生健二

 私が今までに出かけた外国の数は2004年末で44カ国であるが、その内32カ国は1964年から65年にかけてのドイツ留学の際に車で回ったもので、その後の40年間でわずかに12カ国しか増えていない。2004年夏に会社勤めから開放されたのを機に、知人を訪ねてイギリスへ旅行しようと思ったが、この際アイルランドへも寄って未知の国を一つ減らそうと思った。しかしアイルランドは、ついこの間まではイギリスとの間で内紛が絶えず、IRAが暗躍して悲惨なテロ事件も多発し、ベルファストあたりは一般の旅行者が寄り付いてはいけない危険地帯とされていて、したがって旅行案内書も乏しく、予備知識はまったく持ち合わせていなかった。
 
 そこで先ず最初の準備として思い立ったのが、司馬遼太郎の「愛蘭土紀行」(朝日文庫:全二冊)を読むことであった。読むうちに、J.M. Syngeの戯曲 “Riders to Sea” の記述を見つけた。そこには著者の紹介だけでなく、物語の内容まで載っていた。

 さて 私はそれを見たとたん、すぐに 中学校の学友会史の記述を思い出した。私の手元にあるその小冊子は、岩手大学附属中学校 学友会 発行の「学友会史 第一号 (昭和25年度):添付図版参照」である。この中の「第三章:24年度あれこれ」には、前年度の記録が記載されており、三年二組が「海へ行く騎者」を演じたとあるが、配役などの記録はない。また、昭和24年度は、その前年度まで幼稚園・小学校と合同で学芸会を開催してきたが、この年度から中学校だけ単独で一日を学芸会に当てたとある。この年度は我々がまだ小学校六年生の時であり、おそらくこの学芸会を参観できた筈で、そのためうっすらとでも「海へ行く騎者」という劇の題が私の頭の隅に残っていたのであろう。中学校の学芸会は、出し物の選定から、演出者・監督?の選出、配役の決定、舞台装置の設計・手配、照明・音響効果など、たとえ上級生の支援があったにせよ、全て生徒主体であったから、当時 昭和25年という戦後間もない日本の「片田舎」の盛岡で、しかも中学生がどういう因縁でこの戯曲を選び、どんな演出をしたのか、今となっては知る由もない。私は外国文学には縁遠くてよくわからないが、シングはジョイスやベケットと並んで近代アイルランド文学の巨匠と言われているそうで、これをもっても当時のわが附属中学校生徒の見識が如何に高かったかを伺い知ることが出来るのではなかろうか。

 ついでながら、John Millington SyngeのRiders to Sea (1904年) について追記しておきたい。司馬遼太郎がこの古い訳本を見つけて感激したと前述の紀行文で述べているのは、岩波文庫1939年初版の山本修二訳「海へ騎(の)りゆく人々:他二編」であるが、今は絶版となっていて私が神田の古本屋をいくら探しても見つからなかった。そこで書店で検索してもらい、本邦初版1923年の松村みね子訳、新潮社版「海に行く騎者(のりて)」の復刻版が2000年に沖積舎から「シング戯曲全集」として出版されていることを知り、これを入手して読んだ。ほんの20ページ程度の 短い、一幕一場の戯曲であり、内容は貧しいアイルランド西海岸の小さな漁村で、五人の息子を全て荒れた海で失った老婆が、最後の息子も馬に騎って市場へ行く途中に海へ転落して失うという悲しい物語だ。これが一人の中学生にどんな影響を与え、学芸会の演目となるに至ったのだろうか。 

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