e−たわごと No.163

投稿日 2006/01/13  狛犬
寄稿者 八柳修之
 
円丈が奉納した「落語狛犬」 あん:耳が丸耳 うん:何か不満げ
 
本年は戌年、年賀状は愛犬を写したものが多かった。元旦の日経の文化欄には、落語家の三遊亭円丈が13年前から狛犬の追っかけをし、訪れた神社は4,000社、そして病膏盲、落語狛犬まで奉納してしまったという話が掲載されていた。
毎年、八柳喜代子という一度も会ったことがない人から賀状をもらっていたが、本年は来なかった。この方との文通は1986年10月から始まる。お元気ならば84歳になられた筈だ。ちょっと気になるところだ。

前にも書いたが、私の苗字は珍しい部類に属するので、現役時代からルーツ探しを始めていた。秋田、東京、神奈川の電話帳で八柳姓を調べ、アンケート方式の往復はがきを出した。その中で、最も関心を持ってご返事をいただいたのが、小田原にお住まいの秋田県湯沢市出身の八柳喜代子さんであった。
現在、系図で辿ることができる先祖は1342年まである。長らく本流は秋田氏に仕え、秋田郡八柳荘(現秋田市八柳)に居城していたが、家康の国替えで秋田氏は常陸へ、代わって常陸から佐竹義宣が秋田に転封した。ご先祖は秋田氏に従い常陸には移住せず、一族の一部は新庄、角館、湯沢へと分かれていった。
湯沢へ移った八柳氏は代々佐竹藩の山役人となった。

以下、喜代子さんが、同人誌「塔ノ沢文芸」に寄稿した「石の華」の一部である。私のご先祖は代々八柳五兵衛を襲名し秋田県湯沢市で石材業を営んでいたが、8代目五兵衛(正吉)は、彫刻家を志して大正6年に一家を挙げて上京。その5年後の院展で「鯰」が初入選し、石材業の出身者が入選したと評判になった。9代目、正雄(喜代子さんの夫)は文展、二紀会展などで活躍し、田沢湖の姫観音、鎌倉長谷寺の聖観音などを作った。正雄、喜代子には子供がなかったため、弟の恭次が10代目を襲名、帝展や二科会で入選、靖国神社や箱根神社の狛犬、鋸山日本寺に高さ33mの大仏などを制作した。11代目、尚樹は現代日本美術展などに入選、現在、行動美術協会の審査委員を務めている。
この石材彫刻家四人を称える頌徳碑が1992年に湯沢市に建立された。表の頌徳碑は靖国神社の宮司が揮毫している。喜代子さんは石の華で、狛犬を彫っていた石工が石材彫刻を芸術の域まで高めていったことを言いたかったようだ。

冒頭の三遊亭円丈が奉納した落語狛犬は、足立区の綾瀬稲荷にある。台座は座布団、前には扇子と茶托が置いてある。円丈は狛犬研究会に属し、ホームページまで持っている。検索してみると、作者は八柳伸五郎、10代目恭次の弟子、真鶴町に工房を構え、昔から細かい細工のできる真鶴で採れる小松石を使って仏像を中心とする作品を手がけているという。
一度、真鶴の八柳伸五郎氏、そして小田原の喜代子さんにもお目にかかってみたいものだ。靖国神社の狛犬にも・・・誰かさんと違って、私はいつでもお参りできるのだから。(1・13)

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