e−たわごと No.164

投稿日 2006/01/17  裸参り
寄稿者 八柳修之

1月15日、盛岡の冬恒例の裸参りが行われたという。今年はことのほか寒いので、参拝者も見物者もさぞかしシバレタことであったろう。
子供の頃、一度見たことがあったが、ゆっくりとしたあの独特な歩き方を記憶している。
この裸参りは、いつの頃から始まったのであろうか。盛岡観光協会のホームページによると、藩政時代から伝えられてきた「寒参り」、藩政期には桜山神社や北山教浄寺の「お阿弥陀さん」でも盛んに行われ、現在も続いている、とあるだけで、それ以上の説明はない。
検索エンジンによると、裸祭は全国的にあるが、裸参りは関東以南では見られず、青森、秋田、岩手の奥羽地方で行われている。青森では五戸町、五所川原、弘前、常盤村。秋田では八郎潟町、横手雄物川町、十文字町、鹿角市、二ツ井町、仙北市西木、小阿仁村、本荘、湯沢。そして、岩手では雫石、松尾村、西根町、遠野にある。いずれも、無病息災、五穀豊穣、厄年の男の厄払いである。
そのなかで、ユニークなのは西根町の「平笠裸参り」、女性の裸参りである。
由来は新しく、戦時中に銃後を守った女性たちによって始められたもので、全国的に例のない女性の荒行であるという。
 
平笠裸参り 女性の裸参りを期待しても  西根町HP
 
盛岡と同じく小正月の日、仙台の大崎八幡宮の「どんと祭」で伝統行事の裸参りが行われている。説明によると、『この裸参りの作法は、1)水をかぶって体を清める、2)ゆっくり歩み、私語を慎むために含み紙をくわえ、列から離れない、3)鈴を揃って鳴らす、4)列の順番にしきたりがあり、動かさないなどの伝統がある』 この作法は盛岡の裸参りと極めて酷似しているのである。
そして、『江戸時代、厳冬期に仕込みに入る杜氏が醸造の安全や吟醸を祈って参拝したのが始り』とあった。杜氏といえば、南部杜氏が有名である。

では一体、盛岡と仙台の裸参り、いずれが早く始り、いずれが模倣したのであろうか。通常、文化は西から、伊達藩から南部藩へと伝播したものと思った。
しかし、調べてみるとそうではなかった。
仙台伝統裸参り保存会によると、『もともと南部杜氏が酒蔵で酒を造る様式を岩手から持って来て、そのまま仙台に根付いたものである。南部杜氏から教わったやり方をそのまま受け継ぎ保存することである』と述べている。

南部杜氏といえば、盛岡に醸造技術をもたらしたのは近江商人、生みの親は、小野組の祖、初代小野権兵衛、初めて清酒を売り出したのは延宝6年(1667)である。(たわごと105.南部杜氏参照)
とすれば、同じような裸参りが近江にないであろうか。近江八幡の左義長祭に
裸参りがあった。だが、酒造りとは関係はなかった。が、近江商人が遙か故郷を思い出し、裸参りをしたと勝手に思いたい。
また、北山の教浄寺は近江商人、酒造関係者の菩提寺であったのではなかろうか。そして歴代近江商人を優遇した南部藩主に敬意を表し、桜山神社へも同時に参拝したのではないか。桜山神社は、八代藩主南部利視が初代利直の遺徳を偲び創建した神社である。創建は寛延2年(1749)であるから、裸参りは1749年以降に行われるようになったと勝手に想像したい。

元祖「裸参り」は盛岡でガンス。杜氏が醸造の安全や吟醸を祈って参拝したのが始りでガンス。田口さん、袰岩さん、山中さん、オベデいましたか。
そのいわれは観光協会のホームページに書いてほしいですね。そして、見物人に酒ッコを振舞って、身体を温めてもらったらいかがでしょうか。
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