e−たわごと No.175

投稿日 2006/03/21  堀合先生(2)
寄稿者 竹生健二

堀合先生に次ぎにお目にかかった機会は新婚旅行の時、1968年5月4日である。3日に東京で結婚式を挙げて、平泉経由盛岡に入ったのが4日の夕方で、恐縮にも先生ご夫妻が駅まで出迎えていただき、その上車で盛岡グランドホテルまで送っていただいた。翌日 南部邸・学校・田口写真館・川徳デパート・昔すんでいた北井崎などを訪れ、早めに宿に戻る。先生ご夫妻がお揃いで18時半にお越しくださり、20時半までホテルの食堂で会食。そのときの写真が一枚だけある。フラッシュが正面だけに当たり、私が影の人みたいに写っている。

このときは以上のような状況だったので、先生のお宅にお伺いはしていない。けれども私には先生のお宅の広いお座敷に上がらせていただいた記憶がある。たぶん千葉へ転校するのでご挨拶に伺った時だったのではないか。壁際にたくさん ご自筆の書が掲げられていたように思う。そのとき先生は、私が広田小学校での臨海学校の帰途に列車内に忘れ物をしたことを話されたと思う。
広田小学校では体育館に雑魚寝して宿泊するので、各人毛布を持参した。返りの大船渡線の列車で、私はこの毛布他一式の持ち物を座席の下に置いて、そのまま一の関で乗り換えたらしい。東北本線の列車の中でこれを思い出して先生に報告し、先生が国鉄に届けてくださった。おかげさまで、遺失物は後日無事盛岡駅に届けられたことは言うまでもない。

先生は他にも次の話しをされた。小学校の修学旅行で仙台へ行ったとき、帰りの集合時間になっても郷里が仙台市の「だれそれ君」がなかなか戻って来ないので、心配されたと。これが誰だったかは私の記憶には無いが、ご当人が一番よく覚えていることだろう。
 
 

TOPページへ


iwayama3 since2002.11
Presented by Ayako Taguchi