e−たわごと No.190

投稿日 2006/04/15  (続)(続)模型工作
寄稿者 八柳修之


 
竹生さんと館沢さんの模型電車の思い出話、懐かしく拝見しました。
竹生さんと館沢さんの模型電車、しかとオベデいます。竹生さんの模型電車の展示には附属小学校の表示がありますから、市内の小学校の展覧会に出品されたものでしょうか。館沢さんの模型電車は、かなり大きなものだった記憶がありますので、おそらくスペースの関係で展示できなかったのでしょう。
夏休み、冬休み、自由課題でみんなどんな作品を作ってくるのか、楽しみでした。そんな中、竹生さんの作品で思い出されるのは水時計、全校生徒の注目を浴びました。
竹生さんは模型少年として、田口明さん、福田博司さん、梅津健也さんの名前を挙げていましたが、そのほか、岡山拓哉さん、伊藤紀夫さんも模型少年であったと思います。写真中、モーターボートの模型がありますが、岡山さんの作品ではなかったかと思いますが、岡山さ〜ん、オベデいますか〜。伊藤さんは模型飛行機が得意でした。もっとも伊藤さんは手塚治虫ばりの漫画を書くのが上手で、コルゲンコーワのイラストの募集で、佳作に入選する腕前であった。

「でー、お前は何を作ったか」と聞かれると、工作、図画、音楽をはじめ全部ダメでしたが、竹生さんの写真の奥に本立があります。でも、今、告白すると私が全部作ったわけではありませんでした。
工作の先生は晴山先生でした。木工は男子のみで、女子はその時間、菅原先生の裁縫でした。本立ては板を鋸で切断した後、写真に見られるように糸鋸ミシンで、図柄を切り取り、色を塗ってラッカーで仕上げるというものであった。
糸鋸ミシンは数台しかなく順番待ち、しょちゅう糸鋸が折れ、作業は放課後となってしまった。
そろそろ、下校しなければならいという頃、川原さんのという赤山の下辺りに住んでおられた双子のご兄弟のどちらかが、ふらっと工作室にやって来ました。そして、私のおぼつかない手つき見てか、カッティングしてくれたのでした。その上、家が遠いと聞いて、途中まで自転車で送ってくれました。
写真の本立てを見て、眼鏡をかけた川原さんのことを思い出しました。川原さんご兄弟は附中の生徒会長・副会長をされていたと記憶します。
(4・15 八柳)

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