e−たわごと No.195

投稿日 2006/04/05  花巻からの一人旅
寄稿者 竹生健二

私の住んでいた加賀野から盛岡駅までは約3.5kmある。1950年ころになってやっとバス路線が開通したが、子供が乗ることはめったになく、駅へ行く用事があるときは歩くのが当たり前だった。
仕事の都合で父はよく上京した。盛岡から上野までは常磐線廻りの急行があったが、夜行列車だった。列車は混むのでよく父の座席確保に行かされた。列車は午後の遅い時刻に盛岡駅を発車するが、勿論父は三等客で指定席などはなく、従って座席を確保するには数時間前に駅で指定する改札口に並んで待つしかなかった。
当時 盛岡駅には「進駐軍専用待合室 (Railway Transportation Officeを略してR.T.O.)」と言うのがあり、また国鉄の幹線には「進駐軍専用列車」と言うのが我が者顔で走っていた。私が父の代わりに改札口に並んでいると、この専用列車が青森方面から改札口のすぐ前のホームに入ってくる。白い線を引いた専用の蒸気機関車が二両、それに牽引されるのはピカピカのこげ茶色に塗装され、やはり窓の下に白い線を引いた一等客車だけ。列車が止まるより早く、この列車を当てにして集まっていた子供たちが、改札口をすり抜けてホームへ出る。列車の窓から兵隊が面白半分にチョコレートやガムを投げる。子供たちが群がってそれを拾う。兵隊が面白がってまた投げる。そんな様子を目の当たりに見て、子供ながらに敗戦の惨めさを感じた。
さて、乗客は改札口で四列に並んで待つ。普段ならここで父と交代するのだが、或るとき改札の時間になっても父は来なかった。父の乗車券だけは持たされていたが、出張が取りやめになったのかもしれないと思い、列から離れてしまおうかと思った。しかし万一遅れて来たら父に申し訳ないと思い、駅員の誘導に従って他の乗客と一緒に、並んだ列を保ちながら改札口を出て跨線橋を渡って上りのホームへ行った。盛岡で列車の後部に二両増結するので、その位置へ乗客を並ばせる。そのうち列車が入線してきて、それに増結の客車が連結された。列の前の方の人から乗車を始めた。発車間際までは座席を確保しておこうと、私もそのまま乗り込んだ。そこへ間一髪やっと父が来た。私が下車する間もなくすぐ発車となった。次ぎの停車駅は花巻。車掌が来たので父が事情を話し、何とか私の運賃は割安にしてもらったようだった。花巻からは一人で帰らなければならない。もうすっかり暗くなっていた。車掌に教えてもらったとおり花巻で下りの列車に乗り、盛岡駅からは無事我が家までたどり着いた時にはほっとした。父は母にどんな方法で私の帰りが遅くなるのを連絡したのだろうか。
 
 

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