e−たわごと No.196

投稿日 2006/04/06  千葉智恵子先生
寄稿者 竹生健二

小学校の一・二年生 (国民学校初等科一・二学年生) のときの担任は千葉智恵子先生 (註) だった。当時は「連絡簿」なるものがあり、家庭での出来事を親が書きしるし、翌日生徒がそれを先生に提出すると、先生がその返事を書いて生徒に持たせて帰すのが習いだった。私の連絡簿には、1944年5月20日の連絡として母が「学校から支給されたクレヨンが、家で夜中にネズミにかじられてしまったが、幸い父親が田舎へ出張した折にやっと手に入れることができたので、ご安心ください」と書いた箇所があり、それに千葉先生が丁寧な返事を書いてくださった。

このときは一年生の授業が始まったばかりであり、私が教室の後ろの席では黒板の字が読めないことがわかり、日赤病院で目の検査をした結果、眼鏡をかけさせることにした旨の連絡も書かれている。すでに強度の近視だったから、なぜその時まで分らなかったのか不思議である。
(註):附属小学校百年誌には、どういう訳か「千葉千枝子」となっている。
 
 

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