e−たわごと No.199

投稿日 2006/04/11  小学校の校舎の思い出(1)
寄稿者 竹生健二

私たちがお世話になった校舎は昭和18年11月に竣工されたもので、「岩手大学教育学部 附属小学校 百周年記念誌」には「加賀野旧校舎 (木造校舎)」という呼び名で呼ばれている。写真が119ページに載っているが、それを複写したのが図1だ。先に「学芸会 雑感 (1)」に載せた「学友会誌 第一号 (昭和25年度)」の表紙にあるのと同じ構図であり、東南側から撮影したもので遠方に岩手山が霞んでいる。私たちが入学したのは、昭和19年4月であるから、新築の校舎だったわけだ。なお、名称は岩手師範学校 (女子部) 附属国民学校だった (括弧内の「女子部」は上記百年誌には「女子部」の名称はない)。
木造二階建てで、校舎の外壁は全面が巾15センチくらいの板を横に張ってあり、内側も同じように床から腰の部分までは板を横長に張って薄い草色のペンキ塗装をしてあった。

校舎の全体配置を、この写真を基に私の記憶を付け足して描いて見たのが図2である。敷地面積は盛岡市の1/10,000の地図から推察すると、東西約190m、南北約150 mの長方形である。校舎は北側と西側に伸びたL字型だったので、ここでは便宜的に北校舎、西校舎と呼ぶことにする。以下に特に思い出となる箇所に番号を付けて、それぞれに思いつくままに書いて見たい。
(1)北面道路、(2)正門・南門・東通路、(3)校庭、(4)主玄関、(5)校内突き抜け通路、(6)水路、(7)生徒入り口、(8)階段、(9)便所、(10)防火扉、(11)給食調理室、(12)教員室、(13)工作室、(14)礼法室、(15)生徒調理教室、(16)音楽教室、(17)教室、(18)体練場、(19)講堂

(1) 北面道路
中津川の川岸にある川留稲荷の境内から鳥居を抜けて、ゆるい傾斜道を上がってくると校舎北側にある正門に着く。正門の北側は当時は一面の田んぼで、その先には愛宕山が控え、さらにその後方に晴れた日にはくっきりと岩手山を仰ぎ見ることができた。よくここから岩手山の風景を図画の時間に写生したものだ。
(続く)

(図1)附属小学校全景
 

(図2)附属小学校平面図

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