e−たわごと No.202

投稿日 2006/04/14  小学校の校舎の思い出(4)
寄稿者 竹生健二

(17) 教室 (図6)
教室の天井は吸音材を使ってあったと思うが、四隅には板が使われていて、そこに飛行機の模様が切り抜きされていて換気孔の役目をしていた (図7)。戦争が終って、戦争に関するものを全て排除することになったとき、教科書のそうした箇所を墨で塗りつぶしたのは誰でも思い出せるが、この天井の模様までも全部の教室で下から棒で突付いて取り壊された。
一階の各教室の、校庭に面した後方隅には、コンクリートの通路へ出られる扉が設けてあった。

(18) 体練場
体育館などと言わずに、いかにも軍隊式にこう呼ばれた。北校舎の一番東寄りにあり、天井の梁が丸見えの構造だった。低学年ではドッジボール、高学年になってからはバスケットボールが授業で行われた。隅には道具室があり、跳び箱、それ用の踏み切り台、マットなどを格納してあった。

この場所では悲しい思い出がある。何がきっかけだったのか今では何も思い出せないが、ただ(教生の)男の先生にビンタを食らったことだけ覚えている。まだ小学校の高学年生の時だった。男子生徒が体錬場で掃除をやっていたのか、体操の自習時間だったのか、何しろ皆でがやがや何かをやっていた。その時、私が何か先生にたいする不満をブツブツ言っていたのか、それともしてはいけないことをやったのか、今では全く思い出せないが、それがそこに居合わせた先生の気に触ったらしい。「全員横一列に並べ」と言われ、そのあと「何々したものは一歩前へ」と言われて、私はそれに覚えがあったので正直に前へ出た。とたんに平手打ちを食らった。「ボクシングのCを知らねーか!」との捨て台詞を残してその先生は立ち去った。悔しいよりも悲しかった。元の師範学校といえば、他の先生の模範になる先生を育成する学校で、その附属学校である。もう軍国主義が幅を利かせなくなって数年も経っていた。ビンタを食らったのは、この歳になるまでこれがたったの一回だけである。誰か当時の経緯を知っていますか。
(続く)

(図6)教室
 

(図7)天井の隅

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