e−たわごと No.208

投稿日 2006/04/23  新しいランドセル
寄稿者 竹生健二

小学生の最初の冬、というと1945年の一月ぐらいだったろう。いつものようにランドセルを背負って学校へ向かう。雪が深かったので、母親が心配して見送ってくれていた。我が家からは一寸歩いて右に曲がると、もうそこからは一本道で、その先には学校の北面の校舎が見えた (1952年頃の写真を添付する。今ではこの一本道の両側にも家が建て込んで、とてもこんな風景は見ることができない)。しばらく歩いて行くと、突然足をすくわれるように一気に転んでしまった。後ろから来た馬橇が追い抜きざまに、橇の柄か何かで私のランドセルの肩掛けのバンド部分を引っ掛けたらしい。その弾みでひっくり返ったのだ。遠くで母親も見ていた。今でもはっきり記憶している。当時のランドセルの殆どが厚いボール紙製で、表面にレザーと称する光沢のある薄い紙様のものを貼り付けてある安物だった。当然バンドはちぎられてしまった。
まだ使い始めて一年にもなっていなかった。母には自分の不注意を何と言って謝ったのだろうか。何とも言えない悲しい思い出である。

物不足といえば、ゴムの長靴もそうだった。籤引きで、それも一回につき学級でたった一人しか配給にならなかった。だから藁の「かんじき」みたいなものを履いていたが、雪が少しずつ滲みて来て靴下を濡らした。木綿の靴下ですぐ水分を吸収し、なかなか乾かなかった。そんな物不足の中でも、父は兄弟五人全員にスキー板を買って与えてくれた。丁度岩山に進駐軍がスキー場を作り、(旧日本軍の?) 古い飛行機の発動機を動力にして、スキー客はリフトならざる引き綱につかまって引っ張り上げてもらった。やっと配給してもらったゴム長靴をスキー板に載せて、皮のバンドで締め上げるものだから、これでゴム長靴はよく穴が開き、自転車屋さんでパンクの修理みたいに宛てゴムをして直してもらった。
 

附属小学校校舎北面
 

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