e−たわごと No.223

投稿日 2006/05/11  あれから56年
寄稿者 八柳修之

竹生さんの「北海道修学旅行記」懐かしく読みました。あれから56年、見学した所など、今はどうなっているでしょうか。インターネットで調べて見ました。

第八青函丸と摩周丸
深夜、青森港を出港した第八青函丸、陸奥湾から津軽海峡に出ると、三等船室は上下に揺れて船酔いした。第八青函丸は北海道の石炭輸送のために建造されたW型戦時標準船である。(写真1)昭和39年11月終航となり、船体の一部は海中に廃棄された。帰路乗船した摩周丸(明治41年建造)は、昭和63年まで就航し、余生は青函連絡船記念館として函館港に係留されている。

富士屋旅館(虻田)と第二滝本旅館(登別
富士屋旅館は廃業となったようだ。第二滝本旅館もないが、滝本旅館は登別の有名旅館として繁盛している。

苫小牧製紙
王子製紙苫小牧工場は、もちろん残っているが、原料のチップは殆ど輸入に依存している。袰岩さんが撮影した昼食を摂った屋外のスケートリンクは、屋内リンク「苫小牧王子スケートリンク」となっている。

日本製鋼所(母恋)
当初は室蘭製鉄見学予定であったかと思う。製鉄業の全盛期には、列車が着くたびに乗降客で溢れた母恋駅は、大量リストラによる従業員の減少とモータリゼィションによって昭和59年から無人駅となった。(2月20日付読売)(写真2)

フルヤ産業
工場見学後、2〜3粒入りのキャラメルをもらった。フルヤキャラメルはその後、消えたが、現在、昔懐かしいパッケージで発売されている。(写真3)

日本麦酒
ニッポンビールは昭和33年、商標権のあるサッポロビールの名で北海道限定販売したが、39年にはサッポロビールと改称している。明治22年に建てられたレンガの苗穂工場は、昭和41年にサッポロビール園として改装され、今では札幌の名所ともなっている。(写真4)

雪印乳業
ここで食べたアイスクリームの味は格別であった。苗穂工場の主力は移転し、工場跡には雪印乳業資料館が建っている。修学旅行コースに入っており、失われた信用回復に努めているようだ。

今井百貨店
北拓の破綻をもろに受け、丸井今井デパートとなった。現在、伊勢丹の支援の下、再生計画に取り組んでいる。札幌駅にJRタワーが完成し、大丸など東京の有名店が入居したことで、三越とともに苦戦が強いられている。

最後に4月末に行った新修学旅行コース
大倉山ジャンプ競技場(写真5)、札幌ドーム、白い恋人パーク(写真6)
(5・11 八柳)
 

(写真1)

(写真2)

(写真3)

(写真4)

(写真5)

(写真6)
 

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