e−たわごと No.236

投稿日 2006/05/22  日本百名山(12)
寄稿者 竹生健二

八幡平 1,614m (1983年)
 
1979年の那須岳登山のすぐ後に父が逝去した。そのときまで72歳の現役で活躍していた。一年半前に病気が発覚し手術を受けたが、その甲斐がなかった。母は呆然自失だったが次第に回復を見た。そこで母を慰めるために盛岡へ一緒に行って、昔 近所で親しくして頂いた方々と昔話をしてもらおうと思い立ったのは1983年の夏だった。8月20日に上野駅から新幹線リレー号に乗って大宮へ。そこから新幹線で盛岡にはお昼に着いた。駅前でレンタカーを借りてすぐ岩山へ。「ヒヨドリゴエ」や「見返り坂」には昔の面影が残っていた。岩山山頂からは岩手山がよく見えた。下山して昔住んでいた加賀野を訪ねる。住んでいた家の場所には生垣もなくなって、あるのは道路に面したアパートだった。二階建て瓦屋根の家 (「日蝕観測」のところで紹介した)、池があり築山には石灯篭のあった庭、その面影は全くなかった。ご近所の方々にご挨拶をすませ、岩手公園、御田屋清水、菜園の東北自動車学校へ寄って母の友人の田口ちえさん とお話をする。真っ暗になった町をあとにして、繋温泉へ。
翌21日、宿から小岩井農場へ。昔鉄道馬車が通っていた道は小岩井有料道路に変わっている。網張温泉に着くと、霧がかかってきた。雫石へ下る。さらに国道46号で田沢湖へ。日が照ってきて暑い。湖畔で昼食。ここから国道341号を北進する。玉川ダムまでは晴天だった。朝の小雨のあとでは、日の光が木の葉を一層美しく見せてくれる。玉川温泉を過ぎて八幡平アスピーテラインという有料道路に入ると、ひどい雨になった。道は登る一方で、藤七温泉近くの八幡平頂上駐車場は1,541mもの標高だ。雨の中を一気に下ると大更。雨は止んだ。さらに好摩へ出てやっと国道4号に入る。渋民に入って閉館ぎりぎりに石川啄木の記念館を見学し、そのまま繋温泉の宿へ。
翌22日には高松の池、盛岡一高 (兄の母校)、天神様、八幡様、大日如来、その裏の浄水場 (よくスキーをしたり杉の葉拾いに来た)、山岸、下小路、文化橋 (何とすぐ傍をバイパスが通っている) を回る。車を返して昼食。そのあとタクシーで堀合先生のお宅にお伺いする。その日のうちに列車で千葉へ帰る。

追記:八幡平は私にとって日本百名山の12座目にあたる。その最高地点は、アスピーテラインにある駐車場から、見返り坂を経由してガマ沼方面へ約1km歩く。私はこの雨の中、母と一緒のドライブだったので、この地点へは到達していない。そのうち天気の良いときに歩いてみたい。堀合先生にはこれ以降お目にかかっていない。
 

岩手山
 

八幡平
 

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