e−たわごと No.240

投稿日 2006/05/29  低い山でも
寄稿者 斎藤 毅

 先日来、竹生君の「百名山」を楽しく拝見しています。自分が登った所はそのときの事など髣髴と浮かび、懐かしく想い出しながら。それにしても、古い事をよく記憶・記録保存しておられますね。私など、行ったことがある、とか精々年月日位しか記憶には残っておらず、記録も碌に無いのですが。全く感嘆してしまいます。

 先日、筑波山のことが出ていた。私も3度登っているが、最近時は昨年の11月3日、いつもの連中と一緒に出かけた。丁度、健康の秋・行楽シーズンであり、小学生や町内会のご一行?という感じの人も大勢来ており、明るく賑やか。天気が良くて展望がきき、気持ちよく汗を掻いてきた。

 兎角山と言うと、高い山に憬れるものである。確かに、高い所に登れば気分は良いし、又、高みを仰ぎ見ることは良いことらしく、例えば、長野県では朝夕高い山を見て育つので精神的にも高みに達しようという態度が涵養されるから各界の偉い人を多く輩出しているのだとか。岩手山を仰ぎ見て育った我々もエライヒトになる条件は有ったわけだ。
 他方、高くない山でも、筑波山をはじめとして良い山が沢山ある。南昌山なんかもそうだろう。岩山もそうだ。そしてそれらの山に登るとき、誰しも決して楽でないことを覚るし、だからこそ、そのあとの楽しみがあるというわけだ。

 「わたしの百名山・山と酒と温泉と」という本(朝日新聞社刊)がある。著者・日下部雅昭氏は学生時代からの山仲間。彼とは、北アルプス縦走{剣岳(2998m)・立山(3015m)から薬師岳(2926m)を経て槍ヶ岳(3180m)・穂高岳(3190m)まで}や大雪山系縦走{旭岳(2290m)からトムラウシ山(2141m)を経て十勝岳(2077m)まで}等随分あちこち一緒に歩いたものだ。
 還暦に達した頃、海外遠征もしようということになり、1998年に新高山(現在名・玉山)に行くことにしたが、山小屋改築中との情報が入ったので延期。そして翌年は大地震発生で取り止め。更に2000年には社長職にあった彼がもうすぐゆとりが出るようになるから一寸待って、と言うので尚一年延ばすことにした。
そうしたら2001年の春に彼が急死。それが何と筑波山よりはるかに低い高尾山(599m)で心臓発作を起こしたのだった。東京郊外の誰でもチョコット登れる山で、京王線高尾山口駅や小仏バス停からの標高差も大したことは無い。まして彼は百名山全部に登っている頑強な山男だったのに。

 人生いつ何が起きるか分からない。誰かに起こりうることは自分にも起こりうる、いつかあるかも知れないことは今日明日にもあるかも知れない、やりたいことはやれるときにやっておかなければ、とつくづく思ったことであった。だからこの年(2001年)の秋、私は別のパーテイーに加わって新高山登頂を決行した。彼の遺影を持って。

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