e−たわごと No.259

投稿日 2006/06/22  地下に潜って高低差2,500m?
寄稿者 八柳修之

竹生さんや斉藤毅さんは高い所がお好きなようだ。頂上に立ったときの満足感、爽快感は、それを極めた者しか分からない。元来、体力と気力がいる事は避けて来た者にとっては、高い所ではなく低い所、地下に潜った話し。といっても悪いことをして地下に潜った話ではない。
チリの首都サンティアゴから車で2時間ほど南、ランカグアという町にエル・テニエンテという銅山があり、ここを見学するバスツアーがある。1982年7月、このバスツアーで日本人夫婦と乗り合わせた。背の高いすらっとした奥さんはどこかで見かけたような気がした。やはりそうだった。この夫婦とは大学の同級生であった。M物産の駐在員で、サンティアゴにはもう見る所がなくなったので行って見るという。
チリは世界最大の銅の産出国である。世界最大の露天掘りのチュキカマタ銅山は有名であるが、エル・テニエンテ銅山は、現在、チリの約2割の銅を産出する銅山に過ぎないが、地下堀銅山で坑道の全長は2400km、世界一なそうだ。世界に誇ることが少ないチリのガイドは、やたらに「世界一」を接頭語につけたがる。いずれも、世界一の銅会社CODELCOというチリ国営公社が所有する。銅の価格が1ドル上昇すると国の歳入が100億ドル増えるという計算だから、銅はチリ経済を支えている。
サンティアゴ市内を出発して一路、南下、左手にはアンデスの山々が雪をかぶっているのがまじかに見えて来る。ランカグアから道を西へ、「銅の道」と呼ばれる道を進み、2時間ほどで銅山事務所に到着する。ここで入坑するための安全に関する説明を聞き、ヘルメット、ゴーグル、ヘッドライト、緊急用マスク、そして蛍光色の上着と安全靴が渡される。ツアー客にはちょっとした緊張感が漂う。
坑道に入ると、大きい大型トラックが通れるほどの幅と高さ、ひんやりとして心地よい。先ずは坑内の作業員食堂で食事である。スープからデザートまでボリューム一杯、さすがにアルコール類は出さないし禁煙である。食堂は7層ある階層ごとにあり、このほか医務室など様々な施設があり地下の街のようだ。従業員は6千人、3交代制である。歩いて鉱山見学へ。しっかりついて行かないと迷子になったら大変である。いたるところから湧水が流れている。7階層の坑道があり、それを縦方向に3つの大型車両も積載可能な巨大エレベーターが繋いでいる。これとは違うエレベーターに乗り3層まで下りる。残念ながら、肝心の地上から最下層の7層までの距離を聞いたのだが、その記録が見当たらない。巨大な岩石粉砕機がある部屋へ通される。大きな機械の上から覗きこむように、岩石が砕かれていく、細かく砕かれた鉱石は水平方向へ列車で運び、坑外の精錬所へ送られる。坑道から外に出たのは3時半ころ、太陽が眩しい。冷え切った身体も徐々に温かくなっていく。
この後、銅山のさらに上、今度は標高2,130mのスウェルという町へ向かう。今日一日で、高低さ2,500m以上、行き来したことになる。この町は1905年に建設された鉱山の町で、最盛期の1960年代には人口16万人を数え、学校、病院のほか、劇場やスケートリンクなどの施設まであったが、鉱山の減退に伴い69年ころから、従業員は次第にランカグア市へ移り住むようになり、現在では殆ど無人の町になってしまった。かつての松尾鉱山も地上の楽園と言われたことがありましたね。地上の楽園と言われて騙されて北に行った人もいたが・・・鉱山の宿命でもある。その節ご一緒したKさんは、88年に再びサンティアゴへ行ったとき、癌でお亡くなりになったことを聞いた。
写真を紛失してしまったので、チュキカマタ銅山での写真です。巨大ダンプのタイヤの直径は5m以上、BS、ハマゴムのタイヤもあった。人の身長と見比べてください。(記述内容は1982年当時のことです)

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