e−たわごと No.267

投稿日 2006/06/21  日本百名山(31)
寄稿者 竹生健二

穂高岳 3,190m (1999年)
 
穂高岳への再挑戦を9月3日の金曜日に決めた。前日は辰野で業務があり、翌金曜日を休暇として岡谷駅前に宿泊。前回と同じメンバーで、それぞれ休暇をもらった。Oさんは夜行列車で着いて、駅で仮眠していた。5時に岡谷駅前に集合して、すぐ出発。沢渡まで行く間に晴れて来る。タクシーで上高地へ。朝食あと7:25に出発。明神、徳沢経由横尾10:30着。昼食のあと横尾発11:25、やっと登りになって涸沢ヒュッテに14:55着。Oさん、I君、F嬢の三人はテント場でテントを張り、私とMさんはさらに涸沢小屋まで登りそこで宿泊。
翌4日は小屋では5時から朝食。テント組と合流して6:20に出発。曇り空。ザイテングラートを登る。8:25に穂高岳山荘着。一休みしてから荷物を置いて8:50に奥穂高岳山頂へ向けて出発。いきなり梯子。ジャンダルム (3,163m) が目の前に踊り出る。奥穂高岳山頂 (3,190m) には9:35に到着。北岳に僅か2m届かず、間の岳より1m高い、わが国三番目の山だ。北にかろうじて涸沢岳が、西にはかすかに笠ヶ岳の連山が見える。天気ならすばらしい眺望だろうに。9:50に下山。穂高岳山荘10:30着。広場で昼食。涸沢カールはガスの中に入って見えない。11:05に北穂高に向けて出発。涸沢岳 (3,110m) まで登ると、ここからは垂直に下る梯子と岩だらけの鎖場。いったん下ってからまた登る。またしばらく下る。足に痛みを覚える。今まで一度も経験したことがない痛みだ。ガスの中、前方の急坂を登っていく登山者がうっすらと見える。さらに進むとガスの切れ目からちらりと南岳非難小屋が見えたり、滝谷出合と槍平小屋が見えたりする。振り返るとガスの中から前穂高が浮かび上がる。やっと北穂高岳 (3,106m) を過ぎて北穂高岳小屋に13:45に着く。14:30に下山。もう両脚が痛くなってきた。OさんとI君は自炊の仕度があるし、Mさんには今夜の宿泊の申し込みをしてもらいたいので、皆には先を行ってもらう。しばらくすると下にテント場が見えてきて、人の声も聞こえるが、足は遅々として進まない。16:50にはついに夕立になった。とっくに小屋に着いている時間だ。ところが、私のことを心配したMさんは、傘を差して先でじっと待っている。私はリュックに覆いを装着し、木立の影に入って休む以外にない。17時になっても雨は止まないので、仕方なく雨の中を下る。17:15にやっと小屋に着く。
5日、小屋では早朝登山の人が起きだす。「月が明るい」とか、「星がきれいだ」とかの声がする。5時に朝食。一面空は真っ青。朝日を浴びて涸沢カールが美しい。6:45に下山開始。急坂の下りは今日も脚が痛む。本谷橋8:10。やれやれ、ここから先の坂は緩やかになる。9:10に横尾。小休止。9:40に出発。すっかり晴れわたった梓川沿いに歩いていると、Mさんが言った。「いつも都会で過ごしていると、建物、人、車ばかり。それなのに、日本にもスイスに似てこんなに自然が残っているとは思わなかった」上高地12:20着。日曜日とは言え、午後はまだ早い時間帯なので、中央高速道は空いていて、Mさんを都内で下ろし、Oさんを世田谷で下ろして18:50に帰宅。私の日本百名山の26座目となったが、今までで多分一番きつい登山だったろう。だいぶ前に、険路として知られる剣岳の登山があったが、何しろ当時は若かった。これを機会に膝に着けるサポーターを買って今でも使っているが、一度も痛みは感じない。なぜあの時だけあんなに痛かったのだろうか。
 

奥穂山頂 後方はジャンダルム
 

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