e−たわごと No.270

投稿日 2006/06/30  インフレになると
寄稿者 八柳修之

ゼロ金利、デフレが長く続く日本、一時調整インフレ論が論議された。
日本も敗戦直後極度のインフレに見舞われたが、終息も早く小学生のころのことであったのであまり実感がない。以下、1990年ころまでのアルゼンチンの話。
南米の国々、一言でいうとおしなべて、アスタマニャーナに代表される陽気なお国柄と高いインフレ、治安が悪いということであろうか。

アルゼンチン、ブラジル、ペルーでは月10%や20%のインフレなんてざらである。インフレには慣れっこになっており、インフレ率月10%以下なら御の字である。
私が2度目にアルゼンチンに駐在した年の1988年のインフレ率は年率388%、その翌年は驚くなかれ4,924%にも達した。
先ずはインフレにまつわる色々なエピソードやジョークを紹介しよう。

時は金なり
日本では大体どこへ行っても定価、スパー価格というものがあるが、アルゼンチンでは同じ品物でもお店によって値段が大きく違う。インフレであるから、値札をしょちゅう付け替える必要がある。どうしてもお店によって値段の付け替えに時間差が生じる。であるから、あちこちのお店を廻って値段を調べてから買うことになる。あちこちのお店を廻ってやっぱりあのお店が安かったということになり、戻ったところもう値段が上がっていた。これは私も実際体験した話しである。
万事のんびりのアルゼンチンであるが、時は金なり。この国では偽札つくりは合わないとうジョークがある。
写真はガレリア(ショッピングセンター)のようなものの内部
庶民には無縁なお店が並ぶ)
ここで、ジョーク
「一番安い乗り物知っているかい?」
「そりゃ、バスだよ」
「違うよ、タクシーさ」
「なぜだい?」
「後払いだからさ」

ボリビアのインフレ
ボリビアのインフレは、1985年にはなんと年率12,000%であった。
ボリビアには仕事もなく、観光でも高地なので頭が痛くなるというので行ったことはない。これはM商事のIさんから聞いた話である。
お金を数えるのが大変だから物差しで計るという。なかには悪い奴がいて札束の中に紙を入れるから、パラパラとめくってから計る。
ボリビアは紙幣を印刷する能力がなく、ドイツに印刷を依頼している。紙幣の輸入が追いつかず、おまけに印刷費用を支払う外貨にも事欠くという。
そればかりか、新しい紙幣が輸入されたときには、インフレでまた新しい紙幣の印刷を発注しなければならぬとか。これほんとの話し。

ブラジルのインフレ
「ブラジルはいつごろからインフレになったんだい?」
「自分の国でお札を印刷できるようになってからさ」
昔はイギリスに印刷を依頼していたようであるが、真偽のほど明らかではない。
もっとも、自国で印刷能力があっても、ロシアでは中銀がルーブル札を昼夜印刷しても必要量に追いつかないばかりでなく、紙幣用の紙すら不足に陥ったことがあった。

この項完、以下、インフレのまつわる話を数回シリーズで掲載します。
「わが懐かしのブエノスアイレス」で紹介したものがあるかと思いますが、加筆修正しています。

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