e−たわごと No.277

投稿日 2006/07/05  インフレ退治とその後(1)
寄稿者 八柳修之

アルゼンチンのハイパーインフレの要因はなにか? 
一言でいえば慢性的な財政赤字とそれを補填するための中銀が通貨を増発しているからである。それに加えてあらゆる経済分野で導入されているインデクセーションと呼ばれるシステムである。これは賃金や商品の価格を前月のインフレ率によって毎月自動的に調整するシステムである。だからいたちごっことなる。そしてなによりも国民自身に根強くインフレは当たり前、さらにインフレ期待という心理があったからである。

この悪循環を根本的に改めたのが、カバーロ経済大臣である。カバーロは財政赤字補填のための通貨増発とインデクセーションを止め、インフレを抑制するため1991年に「兌換法」(アウストラルプラン)と呼ばれる法律を制定した。その内容は
(1) 対米ドル為替相場を1ドル=1万アウストラル(その後92年、1万分の1のデノミにより1ドル=1ペソ)とする、
(2) インデクセーションの廃止
(3) ペソの対ドルの兌換性を保証する。すらわち、ペソとドルの無差別化である。
 
上は10,000アルゼンチンペソ札であるが、下3桁0を切り捨て、新通貨呼称 10アウストルとしたものであるが、10アウストラルの印刷が間に合わず、旧札の上に新表示を印刷したもの。下は1アウストラル札、サイズが小さくなっている。(アルゼンチンでは金額に関係なく紙幣のサイズは同じである。
 
この結果、買い物をする際、ドルで払ってもよい。旅行者はドルをペソに両替する必要もない。1ドル=1ペソが保証されたから、庶民はドルをため込む必要がなくなった、
この政策はなんとこれまで労働者寄りの政策を採ってきたペロン党のメネム大統領の強い指導力によって達成できたものであった。
インフレは91年に年率172%、92年25%、93年11%、94年にはまで低下したのである。

ブラジルもまた過去30年間にわたってハイパーインフレが続いていたが、アルゼンチンの成功を倣って、94年7月にレアルプランと呼ばれる新通貨の導入とドルとの兌換制度の採用によって、慢性的ハイパーインフレを収束させることに成功した。
(続く)

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