e-たわごと No.282

投稿日 2006/07/09   チベット(2/2)
寄稿者 斎藤 毅

 5/23 小型バスでチベット第2の都市・シガツエ(ラサから280km、標高3900m)に向かう。辺りは緑に乏しく茶色の丘陵と遠方の白い山。道中は青空トイレ。道路から離れても遮る物が無いから、バスの窓の直ぐ下だけが辛うじて見え難い場所。
夕方、丘の上のシガツエ故城を見ながら市街地に入る。

 5/24 パンチェンラマの本拠地タシルンポ寺へ。世界最大級の黄金の弥勒坐像(26m)が安置されている。
 パンチェンラマと言えば、10世(7世とする記述もある)は1938年生、同世代だ。ダライラマ亡命後もチベットに留まり、対中問題で苦労を重ねた。中国支配後のチベットの苦難を「七万言の書」に纏めて中国国務院に提出したり、全人代で中国の政策批判演説をしたり、臆するところなく闘ったそうだが、おかげで北京に10年も幽閉、留め置かれた。チベットに戻ってからも中国のチベット支配を批判した発言の数日後に急死。何故か? 次の11世は、亡命中のダライラマが6歳のニマ少年を10世の転生者として認定したが、中国政府は之を認めず3日後に拉致?別のノルブ少年を指名。その後ニマ少年(世界最年少の政治囚)とその両親は行方不明になってしまっているそうだ。 
 
 午後はナンジェン村の農家訪問。チベットは、ホテルも食堂も輸送機関も殆ど漢民族に抑えられているから(現在チベット人600万人、漢民族等750万人=ラサを中心に軍人も多く駐在している)、チベットらしさを探るにはこういう民家に入ってみないと分からない。本当は何年か住み着かないと駄目だろうが、そうもいかない。
 この家では、バターでテカテカに光ったチュパ(伝統的な民族衣装。なぜか袖がやたらに長い)を着た家人から、ツアンパ(大麦を炒って粉に挽いて固めた麦焦がしのような食物。椀に入れてバターか何かでこねて食べる)とバタ茶(茶汁をバター・乳・塩と一緒にして筒桶に入れてかき混ぜたもの。毎日、30~40杯飲むそうだ)をご馳走になった。
 容器は汚れていて何時洗ったのか分からないようだし、バタ茶には蝿が浮いている。更に食欲を萎えさせたのは、色黒の人の指先だけが白いのは食べ物を捏ねて作るからだと。バタ茶をソット啜っただけでご馳走様。日本人的清潔感を捨てない限り、時間があってもやはり住み着くことは無理なようだ。仏法を求めて住み着き、修行に励んだ方々は偉い、とても敵わない。と、改めて感じた次第。

 5/25 4500~5000mの高原を走り、チベット第3の都市ギャンツエ経由でラサに戻る。
 ギャンツエでは白居寺へ。ギャンツエ古城を背景に8階建33mの白い仏塔バレコルチョルテンが美しい。
 此処でも、五体投地を繰り返し、何やら小声で呟きながらマニ車を回しつつ進む巡礼者を多く見かけた。厳しい自然環境と外部からの圧迫で苦しい人生を送っている人達だろう。此の地における人権侵害は、国連でも屡々取り上げられているが、チベット亡命政府の発表によれば、1949~79年の犠牲者は実に120万人(拷問死17万、死刑15万、戦闘43万、飢餓34万人etc.)に達するそうであり、巡礼者の中には犠牲者の家族も大勢居ることであろう。巡礼は「一切衆生の為」「来世の幸せの為」だそうだが、生きているご本人にも幸せが訪れることを願わずにはおられない。
 昼飯は、ランチンカン山(7500m)を眺めながらピクニック気分でボックスのランチ。更に移動し、カローラ峠(5045m)で小休止。生まれて初めて5000mを超える地点に立ったが、ユックリユックリ歩かないとクラクラする。両側はノジンカンツアン山(7191m)とチェツンチュサン山(6242m)が聳えており、世界の屋根の一部に居るという気分がする。
 次は、神秘的なヤムドク湖(水面は標高4441m、面積638k2)で小休止。そして又移動して次の高所カンパラ峠(4770m)。それからは、ドンドン下るが整備された道路ではないからヒヤヒヤものだ。こういうときは、道路わきのタルチョも美しいというより古布の寄せ集めみたいにしか見えない。夕刻ヤット無事にラサに到着し、ホットする。

 今回の旅は高原の自然を眺めながらの寺巡りであった。日本では、チベット仏教といえば、大蔵経や曼荼羅と共に「死者の書」も紹介されている。これは、葬儀儀礼において読誦されるもので、死から再生までの間に死者の意識を導いて輪廻から解脱させることを主題としている。然し、死者の為にだけあるものではない。「人は死ぬことを学ぶことなしに、自分の意思に反して死んでしまう。死ぬことを学べ。そうすれば、あなたは生きることを学ぶであろう」と此の書を読むことを薦める人は言う。
 
 

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