e−たわごと No.301

投稿日 2006/08/12  日本百名山(42)
寄稿者 竹生健二

燧が岳 2,356m / 至仏山 2,228m (2005年)
 
二年前に日光の男体山へご一緒願ったHさん夫妻は越谷に住んでいて、近くにの山によく登られるという。尾瀬には何度も行かれているのだが、私の願いを入れて今年は一緒に燧が岳と至仏山へ登ってくれると言う。尾瀬ヶ原で一泊となるが、事前予約の前払いなので、すべてをHさんにお任せする。天気はあまり芳しくないが、7月8日金曜日の東武浅草発夜行電車で行くことにした。ぽつぽつ雨が降る中を20:51のバスで横浜の自宅を出る。浅草着22:20。乗車は23:30からと。それまで駅前の喫茶店で。雨はまだぽつぽつ。Hさん夫妻は春日部で乗ってきて合流。席は指定で、7割くらいの乗車率なので、前の椅子を反転して脚を伸ばす。いつの間にか眠った。3:40にアナウンスあり、電車は会津高原駅でバスの到着を待っていたらしい。下車して、Hさんが申し込んでくれた朝食用弁当を受け取り、バス乗り場へ。マイカーもかなり来ている。バスは4:05発で四、五台で列を成して山道を登る。駅に着いたときは山の上の方にガスがあったが、登り出すうちに取れてくる。七入からはマイカー規制となり、路巾も狭くなる。御池に5:30着。弁当で朝食。雲はあるが、そう厚くなさそうだ。6:05から登山開始。1,600mから1,700mに掛けていきなり急坂。家内はすこし気分が悪いと。私が自分のリュックの上に家内のリュックを二重に乗せて登る。8時に広田代。熊沢田代9:10。一旦木道が湿原に向けて下り、再び上りになる。いよいよここから燧が岳に向けて急坂になる。9:35〜9:50に初めての休憩。やっと下山する人に会う。4時に尾瀬沼山荘を出た由。斜面を左横に移動し、二度狭い雪渓を渡る。その先に大きな雪渓があり、ここは雪渓の左端をかなり上る。下山する人はここを下るのにかなり苦戦している。ここから後ろを振り返ると熊沢田代がよく見える。10:50に雪渓を登り終え、11:30にやっと俎嵒 (まないたぐら) 着。尾瀬沼、尾瀬ヶ原は霞んでいるが、かすかに見える。至仏山は山頂が雲の上に薄っすらと見える。小休止のあとに柴安嵒に向かい、12:15着。昼食。天気はまずまず。13:00に下山開始。家内は靴が足に馴染まず、かなりゆっくりのペースとなる。Hさんが先に行き、残り三人は家内のペースで一緒に花を見ながら下りる。しかし、予約した宿のある山の鼻まで行くにはもうだいぶ遅い。気になるが家内の歩調は一考に早くならない。かなり下ったのに、見晴まであと3kmという表示が出る。これはもうだめだなと直感する。今頃の日の入りは19時で、その時刻には暗くなるはず。と、その先にHさんが待っていて、木道がすぐ先にあると。段小屋坂との合流点着16:40。そこから先は木道になっていて、下田代十字路 (見晴) に出たのが16:55。Hさんは「今からなら何とか山の鼻まで行けるので、宿に電話して夕食と風呂を確保したい」と。一寸心配だが、あと6kmを2時間で歩けば、暗くなる前に山の鼻に着ける筈だ。Hさん夫妻は17:05に出る。雨がぽつりぽつりと降ってきた。やはり山の鼻の宿をキャンセルして、ここで泊まればよかったか。どうせ明日は雨だろうから (ここ数日九州北部から伊豆諸島にかけて梅雨前線が居座り、北九州・四国では洪水も出る大雨で、前線が少しでも北へ移動すれば、関東も何時雨になるかわからない状態が続いていた)、至仏山に登るのは中止するほかないだろう。それならば今日の内に山の鼻まで行ってしまうこともない。しかし、もう決定したことだ。家内は雨具の上着を着て、持ってきた傘 (登山用に傘を持ってきたのは今回が初めて) を二人とも差して歩き出す。雨はぽつぽつ から次第に普通の降りになる。山の鼻の方面から雨具を着て歩いてくるパーティーに出会うが、それも下田代まで来るともう誰も居ない。家内の歩調はゆっくり。竜宮小屋を過ぎる。小屋では夕食が始まって、宿泊客が食堂に集まっているのが見える。でも雷雨でなくてよかった。夕立には雷が付き物。こんな原っぱの真ん中で傘を差してポツンと一人歩いていれば雷の標的だ。しばらく行くと、前方の湿原の真ん中に人が立っている。こちらに近づくでもなく、と言って向こうに歩いているようでもない。やっと追いつくと、何とそれはポツンと立った標識で、牛首だと。山の鼻まであと2.2km。今18:20。家内の歩調が10分500mとしてあと40分、19:05には宿に着けそうだ。山の鼻は至仏山の麓に位置するから、もっと麓がはっきり見えるところまで行かなければならない筈。川上川の先に人影があり、懐中電灯を照らしている。暗くなって足元がはっきりせず、川に落ちたら大変だと心配して、Hさん夫妻が迎えに来てくれた。18:20にロッジに着いて、遅い夕食と風呂の了解を取った上ですぐ出直した由。国民宿舎に丁度19時到着。濡れたリュックと雨具、傘の始末をしてからHさん夫妻と一緒に夕食。そのあと風呂。どこか「見晴」の小屋にでも泊まったら、風呂など望めなかった。よかった。6畳に四人。20:30消灯。雨は降り続いている。
翌10日の明け方は、雨の音がしない。5:00起床。空は薄い雲が所々切れて青い色も見える。雨が止まなかったら、皆ここからまっすぐ鳩待峠まで歩き、沼田経由で帰る予定だった。明け方、Hさんの奥さんは鼻血が止まらず、今日の至仏山への登山をどうしようかと思案中。家内と私は帰ることにした。6:00に食堂が開くと同時に朝食。7:00に仕度をして出発。至仏は頂上まで晴れている。家内は宿の前の階段を一寸登り降りしてみて、行こうかなという。Hさんの奥さんも鼻血が止まったので、家内に行きなさいと誘う。ではということになりそのまま出発。登りの道は木の階段か、所々は木道で、とても歩きやすい。すっかり晴れてくる。Hさん夫妻は先に登る。森林限界までくると急に曇ってきて雨がぱらぱら。すぐに家内は雨具を出して着るが、しばらくして止む。休みを挟みながらゆっくりと登ると、そのうち後方に燧が岳がはっきり見える。昨日夕方雨の中を歩いた尾瀬ヶ原が、見晴から山の鼻までくっきりと見える。やっと11:15に山頂着。Hさん夫妻は10:40に着いたと。昼食。ガスが掛かってくる。11:45発。子至仏12:45着、13:00発。下山中はおおむね晴れ、時々曇る。家内の歩調は、また靴と足がしっくりしてないためにだいぶのろくなる。それでもやっとに峠に15:20着。Hさんが全て調べてくれてあり、四人集まればタクシーがバスと同じ料金で戸倉まで行くと。靴とステッキを水で洗い、15:55にタクシーに乗る。16:10戸倉着。すると幸運なことに16:09発の沼田行きバスがすぐ来る。バスは国道120号線に出たあと老神温泉へ寄り、ゆっくりと走って沼田着17:45。上りの急行列車は30分前に出て、あとは全て普通列車となるが、次の17:12発普通列車に乗れば、前橋で2分の待合せで上野行き快速が出ると。途中Hさん夫妻は大宮で下車。上野着20:14。ここで夕食をすませ、我が家22:35着。これで日本百名山は39と40座目となる。
 

柴安くら山頂
 

尾瀬ヶ原 後方は「ひうち」
 

至仏山頂
 

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