e−たわごと No.308

投稿日 2006/08/01  亜国見聞録―3 ファミリア(Familia)
寄稿者 八柳修之

ラ米社会の人間関係のなかで、最も高い価値がおかれるのは、家族、親族、コンパドレ(代親、後述)、そして、アミーゴの順であることは先に述べた。
ファミリアの概念は、狭義には家族、親族、広義には親族集団とその集団のネットワークにまで広がる。
アルゼンチンの場合は、古くは牧場主とそこで働く人々と関係、牧場主を家父長とするひとつの世界、ファミリーであった。牧場主が淘汰され、現在では名門百数家族と称されるファミリーが表に裏に社会を牛耳っている。

ここでは、狭義の家族、親族に限定して述べたい。
こちらの人は家族、家庭を大切にする。家族の事を理由にポカ休する。家族の事を理由に他人との約束を反古にすることが多い。こんなときその理由は嘘だと分かっていても、騙されたふりをして責めないのが礼儀である。
家族と共に過ごす時間、家族の団欒を大切にし、何よりの楽しみとしている。

ラ米の人々は、またフィエスタ(パーティ)が好きである。
誕生日、結婚式、初聖体(子供が一人前の信者として初めて聖体を拝領する儀式、昔は7歳であったが、最近は分別がつく9〜10歳頃の子供が対象)、キンセアニョス(女の子は15歳になるとレディとして扱われるが、そのお披露目)、その他、入学、卒業、一族の送別会とか人生の節目が大切にされ、そのほか、なんやかんやと理由をつけてフィエスタがある。

このフィエスタを、どこで開くか、招待者の範囲はどこまでにするか、主催者は頭を悩ますとともに結構楽しんでいる。
場所は、ピンはレストラン、ホテルから、キリは自宅で、招待者の範囲をどこまでにするか、階層、暮らし向きによって異なるが、見栄をはってフィエスタをするため借金する人もいるという。名家といわれるファミリーともなると、新聞やテレビで大々的に報道される。
贈り物はするが、お返しはしないことが多い。そのうち自分も反対に贈り物をする機会があるからだ。ただ、子供の誕生パーティでは、子供にお土産を出す。

フィエスタは、楽しみのために開かれるものであるが、食事を共にしお互い会話する。家父長を中心とする家族、一族の絆を確認するためのものである。
ラ米の人はなぜ、家族、一族を大切にするのであろうか? それはこのように説明されている。アルゼンチンをはじめラ米の国々は移民の国である。見知らぬ土地にやって来て、海千山千の輩が多いなかで、信用がおけ頼りになるのは家族、血のつながっている親戚である。そのDNAが脈々と流れているのだと。
また、カトリック教国であるので、まだ古い伝統や風習を守る国民性があり、欧米先進国に比べで、資本主義の進行が緩やかであることなどが挙げらようか。

さて、フィエスタに招待する人の範囲である。家族、父方、母方の親族、そして、コンパドレ(代親)までは問題ない。
コンパドレ(代親)とは、カトリックでは洗礼をもって信仰の誕生とし、実際の誕生以上に重要である。子供の洗礼には実親でない成人が代親として出席、立会人となる。これが代親であるが、代親を誰に依頼するのか、子供の将来と親の思惑も絡んで来る。擬制親族が社会的に重要である。

これに、先に述べたアミーゴが加わってくる。フィエスタに招待されれば、アミーゴとして認められたことの証である。ここまでは内輪の範囲であるが、フィエスタを利用して利害関係上のアミーゴ、関係が希薄な者でも何か下心があって招待することがある。拡大家族のつながりは政治、実業に役立つ。
また、年頃の息子や娘がいる家庭では、配偶者として出会いの機会をつくるという目的もあると聞く。家柄の違う者同志が結婚することを未然に防げることにもなるのだ。

このことは日系社会でも同じことが言える。私の知っている商売で成功したある一族は成功者同士で結婚しファミリーを拡大し、決して身分の違う農業移住者とは婚姻してはいない。 この項つい長くなってしまった。
(8・1 八柳)
 
アサード(アルゼンチン式焼肉)の準備、最も一般的なフィエスタ (絵葉書)

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