e−たわごと No.320

投稿日 2006/11/09  楓の木の下で −私のカナダ考― (1)
寄稿者 吉田一彦

HORO−SANの撮影した表紙のトーテムポールと楓の素敵な写真――同君の盛岡発や管理人の絢子さん、八柳さんの掲示板のコメントを読んで、その燃えるような楓の美しさに私も感動し、その楓の木の下で私もカナダのことを考えることにしました。

 レッテル

 カナダは、絢子さんは何度も訪問され、まるで第二の故郷のようですが、私はたったの一度だけナイヤガラの滝の辺りを散策しただけです。
しかし、60数年も前に、私が外国の地名を初めて耳にし、口にしたのは、アメリカやロンドンやパリーではなく、それは「カナダ」と「バンクーバー」でした。
絢子さんのヴィクトリアというところは、地図を見ると、バンクーバーのほんの近くにあるんですね。
 なぜ?カナダ、バンクーバーなの?
それは、英語で書いた色彩の派手な缶詰のレッテルが沢山私の家にあったからです。「あわび」や「はも」の缶詰のレッテルが・・・それをおもちゃ代わりにして私は遊び、大きくなりました。

「一彦、昔ね、日出島(宮古から少し北のほう)にうちの工場があってね。
 そこであわびやはもの缶詰を作って、カナダに輸出していたんだよ。
 これは、そのとき使ったレッテルだよ」

その仕事をかつてやっていた祖父が私が物心ついた頃いつも言っていたのを私はずっと記憶してました。しかし、私は子供ながらに「ひぇー、何でそんな遠いカナダにまで?」いつも心の中で不思議に思っていました。

 そして、もう少し大人になってからは、そのことを思い出しては「それにしても昔の人は、気概があったんだなあ・・今の人は情けない――」と感心し、今でも、宮古にかえると、はもの季節には宮古産の小ぶりのはもを選んで、照り焼きにして、お茶をかけて食べ、それがまた私の家の伝統の料理の一つになっています。
(このため子供の頃はうなぎが嫌いで、私がうなぎを好んで食べるようになったのは東京に出て20歳を過ぎてからです)。

カナダへの缶詰の輸出、それには私の想像ですが、どうやら別の深いわけがありそうです。
(次回へ)

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