e−たわごと No.326

投稿日 2006/11/26  言葉 ことば
寄稿者 吉田一彦

 田口さんの盛岡発の「『石割桜』の雪囲」を読み直していたら
「鳥取からメールがとどいて」というところで私の目がとまりました。
さすがに絢子さんは顔が広いんですね。
鳥取というのは、彼女からいただいたメールによれば「米子の友人」だそうですが米子といえば私にも思い出があります。
 
 鳥取県庁に勤務した昭和48年ごろのことです。
米子に出張したときに、夜街に出て小さい飲み屋さんにお酒を飲みに入りました。大きなお皿に山盛りにした塩湯でしたつまみのえびの皮をむきながらお店の女の人と話をしていると
「あなた宮古の出身でしょう?」
といきなり言われて私は、吃驚して飛びあがりました。
「何で分かるんですか?」
「あなたがお話ししている言葉で分かるんですよ」
入った店も初めてのお店。女の人とも初対面です。
「私の言葉で?」
「そう。お店に宮古のイカ釣り船の漁師さん達が飲みに来るんですよ。あなたの言葉とそっくりですから・・・」
「顔もそっくりでしょう?これが宮古の男の顔ですから・・グレゴリーペックやジョージチャキリスに似てるでしょう?」
「うふうふ・・顔は、漁師さんのほうがずっと男前よ・・・」
「ぎゃふん・・・」
 『顔』イカの話は、勿論冗談だが、米子沖には太平洋で操業していたイカ釣り船がイカを追ってきて全国から集まっていた。
それにしても私は、彼女のタイプではなかったようで、彼女は漁師さんの誰かにほれていたのかな?

 言葉といえば、私は附中時代は、私の言うことがアクセントがおかしいとか、イントネーションがおかしいとか、よくクラスメートの女の人達に笑われたんですよ。今でもはっきりと覚えています。当世風に言えば、軽い IZIMEですか?
宮古の言葉(宮古弁)は岩手県の中でも独特で、イントネーションなんかも随分違いますからね。
(おごぉご、かまけえす、おしぉおすう、めっつる、はなつる)というような宮古弁は使わなかったと思いますが、女の人達も丁度笑いたい年頃でしたでしょうから、笑われても仕方がなかったでしょう。
私もそれがトラウマになったと主張するつもりはありませんが、今日に至るまで古くからずっと宮古の訛りは出来るだけ消さないように心がけております。
だから、宮古を離れて20数年経っても米子の女の人には私が宮古の人とすぐに分かったのでしょう(不思議ですね、その女の人の顔は、思い出せないけど、つまみの塩湯でしたえび、確か天然の車えびだと思いましたが、あまりにもすごいつまみだったので、色艶や味や皮のひだまで覚えているんですから・・)

 米子といえば、皆生(かいけ)温泉、当時清風荘という素晴らしい温泉ホテルがありました。海水のようなショッパイ温泉で、日本海に沈む夕日が綺麗で、確か混浴だったかな?
名峰大山、曲線の美しい弓ヶ浜、渋い浜絣、日野川で釣った鮎の壜につめたメスの卵の『うるか』は美味でした。
 
 米子には、名前は忘れましたけど、金持ちの名家が二軒ありました。どちらかの方の長男が旧制一高、東大を出て共産党に入党し、勘当されて当時国会議員をやってました。
金持ちといえば、お隣島根の知事をやっていた田部長右衛門さんなんかは自分が持っている山林がどこまで続いているのか分からないほどの金持ちで、県庁の仕事をしているときでも部下が
「予算がありません」というと「そうか、それじゃあわしが出してやるから」というのだそうです。
私がかって仕えていた大臣の中にもそんな人がおりました。もっとも彼は金持ちだったわけではなく、無理してお金を集めて、二信組事件で逮捕され、政治生命を失いましたがね。田部さんは、そういう人達とはスケールが違うんです。

 米子は、商人の街で、県庁のある鳥取市ではなくて、大阪の経済界と繋がってました。だから大阪で成功している財界人は、鳥取県特に米子の人が多かったです。

 大阪に就職した鳥取県出身の青年のための「青年寮」が大阪の塚本にありました。
その寮の経営管理をするのも私の仕事でした。
私が赴任した頃は、この寮も一般の住宅事情もよくなっていて、設立当初の目的を失い、入る人が段々少なくなって一泊千円の宿泊所もやっていましたが、毎年ひどい赤字で、いつも県会の商工労働委員会で槍玉に挙げられていました。
この問題が出れば私が答弁しなければならないのです。
私がいくら考えてももう良い改善案もなく、廃止するしかないのです。
あるときこの問題が委員会のうるさ型の先生から出たときに、私の上司の地元出の一ツ橋出身の商工労働部長が
「先生、そんなことを若い課長さんに言ったって、あきませんわ。こらえてつかんせえ」
と言ってくれて私は、助かったことがあります。
(続く)

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