e−たわごと No.330

投稿日 2006/12/01  「盛岡ノスタルジー1」 木津屋
寄稿者 八柳修之

とあることで盛岡にまた縁ができ、盛岡へ行く機会も少しできたので、昭和30年の初めの頃までの思い出の中にある建物や場所などを訪ね、もし、みなさんに記憶、思い出がある所なら共有したい。
(盛岡在住の方には、見慣れてどおってことのない所でしょうが)
知ったかぶりをしている記述があるとすれば、それは「街の古老Mさん」の受け売りである。「街の古老Mさん」は同窓生であることだけ言っておこう。
 
池野籐兵衛宅
 
最初は池野友子さんのご本家、木津屋(池野籐兵衛宅)である。
木津屋のルーツについては「たわごと」042に書いたのでご覧いただきたい。
042で池野藤兵衛と書いたが、竹かんむりの池野籐兵衛が正しい。遅まきながら訂正します。

池野友子さんの木津屋は、文房具店で新穀町から明治橋方面へ曲がる道の角にあった。向かい側にはカネボウというちょっと洒落た2階建ての洋品店、その隣りには糸治という屋号の糸・呉服を商う老舗があった。蛇足ながら、この糸治の建物(中村家宅)は国の重要文化財として、盛岡中央公民館(旧南部邸)に保存されている。
文房具店と木津屋本店の池野籐兵衛宅との間には狭い路地で隔てられていたが、その路地はいまもあった。
写真の木津屋(池野籐兵衛宅)は新穀町(現南大通2丁目)、かつて惣門があった名残を残す交番に隣接していた。交番はもうなかった。木津屋本店は今でも事務所として使われている。
 
(地図は昭和26〜27年当時の記憶にあるもの)
 
木津屋の建物は文政年間(1818〜1829)の建築とされているが、その後、何度か修理されて来た。昭和52年には市保存建造物、58年には県指定文化財となり、16年から3年かけて修理工事が行なわれた現在の姿である。屋根は防火対策のために鉄板になっていた。
文化財の修理工事は、半額県から補助金が出るそうであるが、あとは所有者の負担であるというから、所有者の物心両面にわたる支援が必要である。
それは木津屋の家訓が脈々と受け継がれて来ていることを示すものである。
(たわごと042参照)
(12・1)

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