e−たわごと No.331

投稿日 2006/12/07  サロン・デ・ボザール展と上野界隈
寄稿者 吉田一彦

−附中のわが同窓会には、プロの絵描きさんもいらっしゃるというのに、素人っぽい話で恐縮ですが、今回は絵画をめぐる話について書きました−

 
 秋、この季節になると私は、毎年、楽しみにしていることが一つある。
 それは、宮古のSさんからいただく、「サロン・デ・ボザール展」への招待状である。
 今年は、いつもの時期になっても招待状が届かないので、Sさんも80歳近くになってもう絵を描くのを止めたのかなあ、それとも十年近くも連続して入選してきたのに、失礼な話だが、今年はもしかしたら入選しなかったのかな?と心配していたら、来ましたよ、「第34回ボザール展」の招待のハガキが・・

 そのハガキには、通信欄にこんなことが書いてありました。
「『新緑の激流』が入選したので、時間があったらご高覧下さい。
安家川の清流ですが、新しさのない見栄えのない絵になってしまいました。いつか心に残るような迫力のある絵を描きたいのですが・・・・」
 Sさんは、今は故人となったが、私の母の一番下の妹のご主人である。
 安家川は、岩手在住の方でもあまりにも山奥のことだからあるいはご存じないかも知れないが、県北岩泉の日本最大の鍾乳洞『安家洞』のある安家を流れる川のことである。

 某日、私は、この招待のハガキを握り締めて、この展覧会の会場である上野の東京都美術館に一人で出かけた。
 私は、ここ10年近く、この赤レンガの美術館に年に一回通い続けているが、今年のように雨に降られたのは、今回が初めてであった。
 表参道で乗り換えた地下鉄を上野広小路で降り、少しだけ勾配のある坂道をよっこらしょと登って上野公園に入る。
 ここは、春は桜で超有名だが、この季節も、真っ赤に色づいた可愛らしい小ぶりの楓の木などがところどころにあって、結構紅葉の季節の雰囲気が楽しめる。
 
 
 キュッキュッといろんな色の落ち葉を踏みしめながら歩いていくと、左側の奥の動物園に通ずる大きな噴水の前の広場に出る。
 ちょっとした細かい潅木の林の中には青いビニールのテントがちょうどきのこのように林立し、上野公園独特のスタイルをしたオジさんたちが雨の当たらない建物の軒下などにたむろして仲間同士で話しに夢中になっている。
 私の耳には話の内容は聞こえないが、子供の頃の故郷の岩手や青森の話か?それとも夕べ飲んだ焼酎やぐでんぐでんに酔っ払った女の話か?
 オジさん達は、丁度私と同じような年恰好。酒やけをした顔を見ても、東北出身の人達が多そうで、オジさんが僕で、僕がオジさんであってもちっともおかしくはないほどの親しみを私はいつも感じて仕方ない。
 彼らもまた、50年も前にでっかい希望を抱いて出てきた東京で、私と同じように無残にも夢破れてしまったのか?
 こんな薄っぺらなテントじゃこれからやってくる厳しい寒さは、老いの身にはこたえるだろう。
  
 私は、大学の受験のために昭和31年に初めて上野駅に下り立った。
 乗り降りの客のあまりの人の多さにただただ驚いて、私は駅の出口を間違えて反対方向に歩いていって、途中で気がついて引き返した。
 それから何日かして、肝心の大学受験の当日も、逆の方向に行く電車にうっかり飛び乗って・・・途中で気がついて引き返しハアハアいいながら受験会場まで走ってやっとのことで開始時間に間に合った。
 涙や汗で汚れた野球帽とジーンズのオジさん達を見ていると、昔、私がそんな大ちょんぼをした場面のことだけがやけに頭に浮かんだ。

 そんなことを考えながら私は、都立の美術館に着いた。
この館内では、3つか4つの美術展を同時に開催していて、沢山の人達でいつも混雑している。私のような年配の人でにぎわっている。
 私ももっと歳をとって、今より暇になったら東京中の美術館を一人で絵を見て回ろうとずっと前から考え、そのときを今から楽しみにしている。
 だから今は他の展覧会には、どんな有名な美術展でも目もくれず、いつもこの会場の2階の「ボザール展」に直行する。
 
「ボザール展」は、日本最大規模のアマチュアの美術展である。
 油絵、水彩、日本画、墨絵、版画、アクリル、パステル、切り絵など千点以上が会場狭しとびっしりと展示されている。
 だから目的のSさんの作品を探すのはいつも苦労する。だが、今年は簡単に見つかった。会場にはいってすぐのところ、No1の評価を受けた『ボザール大賞』と金紙のラベルがついた作品のすぐ前にあったからだ。
 Sさんの作品は、いつも風景を描いたものばかりである。
 ここ10年以上連続して入選して、この会場に展示されているが、前半は宮古の「浄土が浜」を描いたもの、最近は『安家』の森の中や川を描いた作品である。
 色彩は、緑や青がほとんどで、タッチも素直そのものである。
「ボザール大賞」、「〇〇大臣賞」「NHK会長賞」などと仰々しいラベルのついた作品は、技法も凝っていて私も絵だけ見ても最近ではすぐに受賞作品だなと分かるようになったが、Sさんの作品はそれらとは全く対照的である。
 ただ、数年前に、沢山の色を重ねた複雑な技法を駆使して安家の森を描いて、「岩手県知事賞」を受賞した作品があり、それを私がSさんからいただいて、私の部屋にかけてあるが、それが唯一の例外である。
 
 Sさんは、長年、中学校の絵の先生をしていた人で、現役中は自分から希望して僻地の山奥の学校ばかりに奥さんや子供達をつれて勤務していた。
 安家もその一つで、校長などの管理職になるのを嫌って、定年前にスパッと辞めて、その後は魚釣りをしたり、野菜を作ったり、山菜をとったりして気ままに生きている人である。
「Sさん、頑張ってボザール大賞を取ってください。そしたら上野で芸者でも上げてドンちゃん騒ぎでもしましょうよ―――」
 と私は、数年前に招待のお礼の手紙でけしかけたことがあるが、今ではそんなことは撤回したい気持に変わった。
 子供達が建築士や自動車のデザイナーなどになって独立し、全部東京に出て行ってしまって、今では寂しい一人住まいとなった宮古のSさんのお宅に届けるお礼の手紙に、私は今年はどんな絵の感想を書いて送ろうか?
 そんなことを考えながら、黒いハーフコートの襟を立てて、細かい秋雨に煙る上野の山を背中を丸めながら私はおりた。
(続く)

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