e−たわごと No.332

投稿日 2006/12/07  (続)サロン・デ・ボザール展と上野界隈
寄稿者 吉田一彦

 私が上野に出かける楽しみは絵を見るほかにもう一つある。
 それはボザール展を見た帰りに必ず広小路か池の端のお蕎麦屋さんによってそばを食べることである。
 広小路は「蓮玉庵」。池の端は、「神田藪」や浅草の「並木藪」とともに東京の三大藪として名高い「池の端藪」である。
 ご存知の方も多いと思うが、「蓮玉庵」は、安政6年創業の由緒あるお蕎麦屋さんである。妙高の霧下そばで打った蕎麦は、やや太めで、古くは、斉藤茂吉などの高名な文学者達が出入りした蕎麦屋さんだそうだ。
 私は、随分昔からこのお蕎麦屋さんに顔を出しているが、若い頃こんなことがあった。
 私が友達と一緒に「せいろ」を夢中になってすすりながら
「東京では、蕎麦は、なんと言ってもここの『蓮玉』が一番だよな・・・」
と私が友達に語りかけたら、すぐ向かいの席で黙々と「せいろ」を食べていた私と同じぐらいの年の見ず知らずの若い衆が急に怒り出して、
「なに言ってるんだ!隣の『神田の藪』が一番だよ!!!」
と言って譲らず、口論になり、むこう気の強い私と仕舞いにはつかみ合いの喧嘩になりそうになった。
 いやはや・・・こんなことも加わって、この店は、私には印象深いが、当時は、店の内装も純日本風でしっとりして情緒があったが、その後、店内のスペースも縮小し、内装もモダンなものに変わってしまったのはかえすがえすも残念だと私は思っている。
 一方の藪は、超辛口のたれで通の方には有名である。
 江戸の蕎麦の粋な食べ方としてほんの少しだけ蕎麦を汁につけて食べるというのがあるが、ここの汁だと辛くて(しょっぱくて)そうせざるを得ないのである。
 私は、ボザール展の帰りは、地下鉄に乗るのに近い『蓮玉』のほうに顔を出すほうが多いが、この二つの店は同じ通りにあり百メートルぐらいしか離れていないので、私は、どちらの店に入るかはその日の気分次第で決めている。
 
 さて、上野にはもう一つ私が好んでわざわざ食べに行くとんかつ屋がある。
 私が食欲の旺盛な頃は、ボザール展の帰りによるのは、蕎麦屋ではなくてとんかつ屋であった。
 かつて私はとんかつはあまり好きではなく、食べなかったが(この年まで『カツ丼』は自分から注文して食べたことがない)、その頃でもここの店のとんかつだけは唯一食べたという店である。
 上野松坂屋の裏にある『蓬莱屋』である。
 この店には最初役所の先輩に連れて行かれて、いっぺんにフアンになったという店である。
 江戸通のこの先輩は、この店の近くにある、明治38年に日本で初めてとんかつをはじめたという『ぽん多』にも連れて行ってくれたが、私の好みにかなったのは『蓬莱屋』のほうであった。
 二つの店の味はどこが違うのか?
 まず、使用している肉が『ぽん多』はロース。一方はひれである。
 肉よりも私の好みを決定したのは、ころものほうである。
『ぽん多』のころもは、オーバーな表現をすればクレープを厚くしたような食感である。私は、からっとしたさくさくしたころものほうが好きである。
 そして、一緒に食べるシャリ、キャベツの千切り、トン汁とも少し違う味の味噌汁これらをトータルして『蓬莱屋』のほうに軍パイを上げた次第である。
 
 東北からの玄関は、今では東京駅に変わってしまったが、かっては上野駅であり、上野は今でも私の中では東京の故郷だが、普段は上野に行く用もあまりないことから、年に一度でも上野にいく機会を作ってくれるSさんからの招待状は、私にとってはプラチナチケットみたいに有難いものである。
 
 私は、朝、目が覚めると、Sさんからいただいた岩手県知事賞の風景画を必ず眺める。
 そして朝食が終わって、勤めに出かけるときには、いつもこの絵の『安家』の爽やかで美しい森の中をゆっくい通って我が家を出ることにしている。
(完)

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