e−たわごと No.338

投稿日 2006/12/29  早くこい、こい 『私のお正月』 (1)
   −ラグビー大学選手権―
寄稿者 吉田一彦

 『私のお正月』が今年もまた幻と消えていきました。これで8年連続です。
 師走には、今年こそは間違いなく「私の正月」がじっくり味わえるという期待もあったんですがやはり駄目でした。
 私は、またもや傷心の気持を抱いて新しい年、2007年を迎えました。
 
 皆さんからごらんになれば実にたわいのないどうでもいい話のようですが、『私の正月』とは、正月の2日にラグビーの大学選手権の準決勝が行われる国立競技場で手に汗を握りながら明治大学のチームが戦う勇姿を寒いメインスタンドから観戦しているお正月のことです。
 
 私の家族は、妻も二人の娘もラグビーが大好きで、今は一頃よりは大分さめていますが、20年前ぐらいから家族揃って高校・大学ラグビーや社会人ラグビー、その中でも特に明治大学のチームの追っかけをやっています。
 明治の八幡山のグランドに名将90余歳の上着を脱ぎ自らスクラムを組んで見せる北島監督の身体を張った指導を見に行ったり、2泊3日ぐらいの夏休みを取って避暑を兼ね長野の菅平高原の合宿を訪ねては、一面に広がるレタス畑を駆け巡って100以上のグランドを飛び回って夏合宿の練習を見たり、明治が試合のためアウェイで動けば、熊谷でも前橋でも大阪の花園でもどこまでも行きました。
 そして、極めつけは、1999年第4回のワールドカップでのジャパンを応援しに赤と白の桜のジャージーを着て、日の丸の鉢巻を締めて、13時間も飛行機に乗ってはるばるイギリスのウエールズまで行ってきました。
 家族にラグビーの面白さを教えたのは私です。
「あなたは学生時代にラグビーをやっていたの?」と私の立派な体格(?)を見て、よく人に聞かれますが、そうではありません。
 一高時代は冬の体操の時間に積もった雪の中でよく真っ赤に霜焼けした裸足でラグビーをやらされました。
 ボールを持ってゴールをめがけて走る豪傑(?)の玉澤先生に私がタックルをかけて彼に10メートルぐらい引きずられたことがあります。私がやったラグビーなんてそんな程度です。
 なぜ明治のラグビーか?
 今大学ラグビーの頂点に立っているのは、ここ10年ぐらいは早稲田大学ですが、その前の10年ぐらいはこの早稲田も明治に全然勝てませんでした。
「前へ」が伝統的な明治のラグビーのスタイルです。「前へ」というのはまっすぐという意味です。
 ボールを持ったら縦にまっすぐ走るというのが、明治のラグビーで、横にボールを展開し、巧妙に相手のデフェンスをずらしながら進むというのが早稲田のラグビーです。
 この明治の豪快なラグビーが私を魅了したのは、私の仕事の運び方と実によく似ていたからでした。
 わき目もふらず、でっかい反対勢力を跳ね飛ばしながら一直線に目的に向かっていく、これが私の役人時代の最も得意とする仕事の運び方でした。
 OBや指導者の間に色んな事件や確執があって、8年ぐらい前から明治大学は低迷し、いまだに這い上がれないでいますが、昨年やっと本来の明治らしさを取り戻し、昨年の暮れには花園で、大学選手権2回戦を関西の覇者大阪体育大学と戦いました。
 これに勝てば正月2日の国立に進出でき、『私の8年ぶりのお正月』が来るなと楽しみにしてましたが、残念ながら僅差で敗れてしまいました。
(続く)

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