e−たわごと No.346

投稿日 2006/12/25  「盛岡ノスタルジー8」 バスセンター
寄稿者 八柳修之
 
写真:脇田健一氏
 
バスセンターが出来たのは昭和35年。帰省したときに利用しただけであるからあまり馴染みはない。建築当時は2階建であったから、後から継ぎ足したものであろう。
撮影者の脇田先生は、このおんぼろになったバスセンターを何故かお気に入りである。建物ではなく中にある売店、切符売り場などの雰囲気である。
売店のことは覚えていないが、切符売り場は当時のままであった。待合室は同じ方面に行く人々が時間を待つ間の語らいの場でもあった。

バスセンターが出来るまで、岩手中央バスの郊外へのバスの発着は内丸の県庁通りの本社からであった。本社とは名ばかりで、ヒノヤタクシーの横にあり車庫が狭く、待合室もなく、いつも人でごったがえししていた。特に長岡、日詰方面、繋温泉行きは、通勤用、買い物の足ともなっていた。県北バスはここから少し離れた仁王通りから発着していた。このほか、盛岡駅〜八幡宮間往復、盛岡駅〜山賀橋間往復があった。袰岩さんが写した加賀野角子(すまこ)をボンネットのバスが通っている写真はなによりの証拠である。(この写真は中学卒業50年のときみなさんに配られている)
バスセンターが出来てから、郊外へのバスの発着は全てセンターからとなった。
このため、一部の客は乗り換えしなければならず不便になったという苦情も出た。

盛岡の街を大きく変えたのは、バスセンターの設置と岩手国体による道路の拡幅・整備であるという。その後、モータリゼーション、大型量販店の進出による人の流れの変化によって、バスセンターの存在は薄れ、いずれ取り壊しの運命にあるようだ。
(12・25)

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