e−たわごと No.367

投稿日 2007/04/28  「盛岡ノスタルジー12」 だんご石
寄稿者 八柳修之
 
 
中津川の流れ、中ノ橋と毘沙門橋の間、杜陵小学校の前辺りにダンゴ石の名で知られる巨石がある。直径4〜5mはあろうか。ハマグリの形をしているので、蛤石とも呼ばれていたが、だんご石の名の方が馴染み深い。
上流にダムでもできたのであろうか、水量は少なくなったような気はするが、いまでも変わらない流れと懐かしい姿を見せてくれている。
かつては河童どもの川遊びのメッカであった。石の付近は流れが変化し、それこそ河童に足をとられるから近づかない方がよいと言われていたが、河童どもはだんご石を飛び込み台として水遊びをしたり、ガラス箱を覗いてヤスでカジカ獲りなどに興じていたものだ。河童はあの汚い北上川にも生息していた。

小学生のころ、盛岡にはプールは城南小学校と盛岡一高にしかはなかったように思う。一高のプールと体育館は確か進駐軍が使っていたような気がする。
プールのない附属は川留稲荷の裏の流れを石や土嚢でせき止めプールとしていた。1年生のころ、ここで水泳の練習をした。教室から水着、といっても大半の男の子は赤褌姿で、川留稲荷まで裸足で駆けた。私は従兄のお古の黒い海水着であったが、逆にこっぱずかしかったものだ。
おぼれかけた女の子を野崎先生が助けたことを覚えている。女の子の名前も覚えているが、言わないことにしよう。ご本人も忘れていることだろうし。

附属小学校にプールが出来たのは、いつ頃であったろうか。中学2〜3年の頃?
でも、中学の体育には水泳はなかった。貸してくれなかったのかなぁ。
今ではどこの学校にもプールがあり、スイミングスクールは年中繁盛している。
夏には果たして、今でもだんご石付近に河童が現れであろうか。
「山育ちだから、泳げないのね」と揶揄される私であるが、本当は水が怖い小心者であったにすぎない。

追記:河童といえば、深沢忠国さんがルビアンの前に建てた河童の石像をご存知ですか。(旧イワヤマ(73) 参照)
「深沢さ〜ん。骨折完治され退院されましたか」
(4・28)

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