e−たわごと No.369

投稿日 2007/05/01  「盛岡ノスタルジー14」 坂本刀物農具、塩釜馬具店
寄稿者 八柳修之
 
坂本刀物農具 塩釜馬具店
 
鍛冶屋は子供にとって興味ある場所であった。吹子(ふいご)でカンカンにおこした火の中から赤く灼けた鉄が取り出され、一人がヤットコで押さえ鉄床(かなとこ)の上におき、もう一人が大きなハンマーで打つ。
トッテン、カッテン、あるいはトンテン、カンテンだったかなぁ、いい響きが続く。大抵は親子の作業で、ハンマーを振りかざしているのは息子だ。
赤く焼けた鉄が飴細工のようにトッテン、カッテンが繰り返されるうちに、鍬とか鎌とかの形が打ち出されていく。
店先にしゃがみこんで仕事を見つめる子供の目には不思議な光景であった。
小学唱歌の「村の鍛冶屋」を知っている人、「鉄は熱いうちに打て」ということわざがあるが、トッテン、カッテンの光景を見たことがある人は少なくなった。
もっとも、見ているだけで何も学んでこなかった70年でもあったが・・・

盛岡は城下町、かつて刀鍛冶、鉄砲鍛冶、農具を作る鍛冶が住んでいた職人町の鍛冶町(菊の司、国劇のあった通り)があったが、もう鍛冶屋はなかった気がする。しかし、戦後20年代まで供出して無くなった鍬、鎌など鉄製品に対する需要があり、鍛冶屋はまだ健在であった。
現在、残っている鍛冶屋は、鉈屋町にある浜藤の隣の齊坂(写真はノスタルジー2)と大沢川原の坂本だけではかろうか。

その坂本刀物農具は閉まっていました。間口4間余り、ガラス戸から中を覗くと、鍬、鉈、包丁が陳列棚に並んでいましたから、まだ営業しているのでしょうね。
坂本から30メートルばかり離れた所に塩釜馬具店がある。右側は仕事場でしょうか。お昼の時間であったからか、外出中の札がかかっていた。
ガラス戸越しに中を覗くと、馬のくつわ、腹帯、手綱、皮ひもなどなどぶら下がっていた。革の店の案内があり、洋式馬具専門のように変身していた。
グッチはもともと馬具職人であったというから、大変身するかも。
両店とも小沢一郎のポスターが貼ってあった。小沢チルドレンと言われ、知事に就任した達増さんは、附属の同窓なそうです。変身するでしょうか。期待しましょう。
(5・1)

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