e−たわごと No.377

投稿日 2007/07/17  がんちゃんを偲ぶ
寄稿者 竹生健二

がんちゃん、貴君の訃報を受けて一時は呆然として言葉も出ませんでした。

貴君のことは少し前から病状が思わしくないと聞いていました。けれども、運動神経にかけては貴君の右に出る者がいないほどで、将に健康優良児の典型と思われていた貴君が、まさかこんなに早く逝ってしまうなんて、信じられませんでした。
小学校の校舎の思い出(2)には、貴君がよくホームランを打ったと書きましたし、同じく(3)では、貴君が階段を数段上から飛び降りて床板を割ったと記しました。私にはそういう元気溌剌とした貴君の思い出だけが詰っていました。

私が中学三年の夏休みに千葉へ転校するや、貴君は記念にと言って貴君の写真を送ってくれましたね。大切にアルバムに貼ってある写真のコピーをここに添付し、貴君の思い出を新たにすると共に、この記事を読んでくれる級友と、改めて中学生時代の貴君を偲びたいと思います。

貴君と御茶ノ水駅で遭遇したことも「旧友との偶然の出会い」に書きました。もう半世紀も前のことです。何かの因縁があったのでしょうか。
千葉に引っ越して来たあとも、貴君とは年賀状だけはやりとりしていました。そうした関係がだいぶ長い間続いたある日、貴君から分厚い郵便物が届き、開けてみると、私が貴君に差し出した年賀状が、何年分も束になっ入っていました。「長年とってあったけれど、竹生君にとってもいい記念になると思って、貯めてあった年賀状をそっくりお返しします」という内容の手紙が添えてありました。その時私は、貴君の生真面目さを改めて知らされました。多くの仲間が、自分の書いた年賀状を がんちゃん から送り返して貰ったのではないでしょうか。

今となっては、もう会話をすることも出来ません。でも私としては、特に自分が他人の言うことをよく聞かずに早とちりで判断し、また何かにつけてつい いらいらする短気な性分でもあるので、貴君のおっとりとして慎重な態度、物事をよく考えてから行動する態度を思い出しては、本当に文武両道に優れた、まれに見る紳士だったなぁと、つくづく思います。

どうか、安らかに眠ってください。

合掌。

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