e−たわごと No.396

投稿日 2008/01/09  切手蒐集
寄稿者 八柳修之
 
1958年発行のブラジル移住50周年記念切手 最初の移民船「笠戸丸」
 
年末、気のあった同志での飲み会があった。映画の話、盛岡にどんな映画館あったけ。国劇、中劇、第一、内丸座、中央ホール、でもよく行ったのは国劇だね。向かいに豊川商会、切手を売っていたね。俺も買ったよ。

男の子であれば、一度は切手蒐集に興味を持つようである。小さな切手の中にいろいろな夢が詰まっている感じ、不思議な魔力というか、惹きつけるものがあった。
切手蒐集に興味を持つようになったのは小学4年生くらいのころからであったろうか。最初は父親に来る郵便の切手を集めただけだった。そのうち、父親が勤め先で話をしたのか、ときおり庶務の女の人が持って来てくれた。ぬるま湯につけて暫くおくと剥がれてくる。それを新聞紙の上に載せて乾燥する。
未使用の切手を始めて手にしたのは、昭和25年、お年玉付き年賀ハガキ5等の賞品として当たった虎の絵の5枚組み切手シートであった。ミシン目は入っていなかった。盛岡郵便局で当たったハガキと切手を交換する際、右手奥に郵趣窓口があることを知った。それから、記念切手が発行されると1枚買った。

国劇の向かいの豊川商会という所へ行けば、古い切手や世界の切手を売っていると誰かが教えてくれた。豊川商会、間口2〜3間ほど、とても外から見ただけでは切手を売っているようなお店には見えなかった。本業は建材屋さん? なんでも店の主人が仕事の傍ら趣味で切手屋さんをやっていたと聞いた。
中に入るとガラスのカウンターがあり、切手類が並んでいた。それを子供たちがじっと眺めている。切手には額面以上の値段がついているから、自分の持っている切手は何倍だとか、ほくそえんでいるわけ。子供の間では未使用切手の交換価値は高かった。寂しいストックブックを賑わすため、使用済みの切手を買ったものだ。
中1のころ、切手蒐集のコンテストがあった。中学生の部で菊池貞武さんが入選した。そこで単に切手をたくさん集めて展示するだけではなく、テーマを持ち、バックとなる下地や並べ方が工夫されている作品が入選するものだと分った。高校に入学する頃には蒐集熱もさめてしまった。
 
イギリスとアルゼンチンとで領有権をめぐる島の切手
 左:フォークランド諸島(イギリス発行) 右:マルビーナス諸島(アルゼンチン)
切手はしばしば政府のプロパガンダもなる。

 
息子が4年生のとき、ブエノスアイレスに駐在した。あちらの切手は綺麗なものが多かった。娘は一向に関心を示さなかったが、息子は興味を持ち、時折、郵便局や切手屋さんに連れて行った。学校から帰ると周囲の子供と遊ぶこともなく、眺めたり並べ替えたりしていた。昔の自分の姿を見るようだった。
帰国後はもう関心は薄れていた。男の子にとって、切手収集は一種のはしかのようなものではなかろうか。

現在、記念切手やふるさと切手などやたら多く発行されるようになったが、それが逆にマニア減少の要因ともなり、また子供の切手蒐集の関心も薄れた。古い切手の価値は需要と供給で決まる。値上がりを見込んでシートで買った切手も、切手屋さんに換金のため持ち込んでも額面以下でしか買い取ってもらえぬという。時折、古い切手が貼ってある郵便を貰うことがあるが、昔、切手マニアだった人であろうか。イワヤマにもおられるが。
(1・9 八柳)

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