e−たわごと No.406

投稿日 2008/09/22
南部家のルーツを辿る会
・・北山散策を楽しみながら・・
寄稿者 田口絢子
 
9月13日 11時 南部邸奥座敷集合、淑子さんを囲んで昼食懇談
60年ぶりに会った人も・・・
午後 1時 南部邸お薬園跡 出発〜愛宕山〜リンゴ園
2時 南部ご墓所 到着、供花して参拝
林の中にひっそりとたたずむ藩主たちの墓地を散策〜高松の池まで
3時 高松の池 到着
4時 盛岡駅前 居酒屋「とりぼん」にて、福士先生参加
7時 淑子さんと有志 盛岡八幡宮祭前夜祭を見に八幡宮へ
 
14日   淑子さんと有志 遠野へ
宮守の「遠野麦酒苑」にて昼食(鮎の定食)
午後 遠野八幡宮祭の見学、南部神社参拝〜道の駅〜盛岡

 
15日   淑子さんと友子さんと3人で手づくり村〜小岩井、淑子さん帰京
 
参加者 24名
  福士先生
 @ 附六会(一学年下の方々)4名
 @ iwayama 17名
 @ 16回生 1名
 @ 南部家と三代にわたって交流のある 越戸国雄さん
 
淑子さんの貴重なお話しから
 @ 聖寿寺は「しょうじゅうじ」と呼んでいますがもしかして「しょうじゅじ」かも・・
 @ お参りした墓所は43代利淳[トシアツ](淑子さんのお祖父様)が亡くなられたとき(昭和5年)、お父様 利英[トシヒデ]様が建立。
 お母様の弟 利貞[トシサダ]昭和3年 18才でご逝去、
 利淳 お祖父様、巖子 お祖母様、
 利英  お父様、端子 お母様、
 ご長兄 利久様
が奉られています。

 
 @ ご両親はテニス・ゴルフがお好きで南部邸の池の前にテニスコートがあった。
お母様と利貞さまがテニスをしている写真があります。

 
 @ その血筋でしょうか、中学の時のテニス試合では、淑子さんは深沢祥子さんとペアを組んで優勝、もう一組は高松さんと右京さんだった・・と思う。
 週末はよく家族でテニスをした記憶がありますが、場所が定かではない。多分岩山に行く途中の貯水池のコート?

 
 @ お父様の利英氏は一条公爵家の方で、ご親族は明治天皇の皇后にあたる。貴族院議員。淑子さんが生まれたのは、戸塚(現在西早稲田)の邸宅。ここはお祖父様お祖母様がエジプト・トルコ・ギルシャ・イタリア・フランス・アメリカ・とほぼ半年かけてご旅行後、欧米の住まいを参考にして建てた和洋折衷のモダンなお屋敷。
 太平洋戦争により、戸塚の邸宅を売って千駄ヶ谷の邸宅に移ったのち、お祖父様利淳さまが建てた南部別邸(明治41年 いまから100年前。ちなみに今年は南部伯爵家別邸造営100周年の記念の年)に疎開、ここで私たちは初めて南部淑子さんと出会うことになったのです。

お父様は一番激動の昭和という時代を生きられた方ですが、お写真を拝見しても教養もあり、社交性もあり、大変スマートでご家族を大事にされる方で、淑子さんはご両親、ご兄妹と夏は海へ、登山へ冬はスキーと楽しまれたそうです。

実は意外だったのは、北山散策の時、淑子さんがスイスイと足取りも軽く山道を歩いていたことです。お聞きするといまでも長野などへお出かけして2,3時間のトレッキングをなさっているとか・・
 私の手元にある写真集には、お母様がお若いとき(子どもの頃)の岩手山登山の写真があります。軽快な足取りはやはりお母様のDNAですね!!納得。

 
 @ 淑子さんが生まれた戸塚のお屋敷は現在インド大使公邸になっていて、今年の春お兄さま利昭様とご一緒にその大使公邸にお招きされて65年ぶりに生家を訪ねられたそうです。
 戦後インド大使館のものとなり、現在大使公邸として使われている建物はリフォームされていますが、外観も玄関に続く階段の手すり、床の寄木もそのまま残してあって、懐かしさでいっぱいだったそうです。

 盛岡に疎開して終戦、そのまま足を踏み入れることがなかった生家を65年ぶりに訪ねて、きっとそのときに建てられた43代利淳様 お祖父様 お祖母様のことも思い起こされたことでしょう。
 
おもいでは語り尽くせません。
私たちは附属という学舎で同時代を共に生き、いまこうして淑子さんを通して盛岡の歴史を振り返ることが出来るのも、あのころのすばらしい思い出がこころに残っているからこそ・・と思います。

まだまだ私たちの前に道が続いています。
さぁ!!次回はどんな企画を立てましょうか。ご意見お待ちしています。
「南部家のルーツを辿る会」 世話人の一人 田口絢子
 
13日 北山散策
100年前と変わらぬ静かな佇まいの南部別邸の庭園
お茶餅 ぶじょほうまんじゅう おにぎり 手作りの漬け物で昼食
60年ぶりの人もいました・・
東京からの成瀬さん 若林さん
淑子さん 八柳さんもお茶餅に 懐かしい・・・と・・
附六会のメンバー 盛岡在住の 佐藤さんと菊池さん 東京からの高野さん
盛岡八幡宮のお祭りは14日から でも運良く南部邸前を山車が行く
南部伯爵家別邸造営100周年を記念した展示から
本小札色々威二枚胴具足
午後1時 出発に先立ち舘沢さんのコース説明
参加者一同です
聖風閣 腸松園(肴町)の一部で昭和59年に移築
八柳さんの横は16回生の真山茂博さん(盛岡の歴史研究家)
一番きついのは愛宕山の坂道
北山のリンゴ園到着 小休止
わ〜〜と駆け寄る淑子さんと
食べてみました・・甘酸っぱくておいしい!!
リンゴ園にて
昔の?乙女たち
御墓所到着  御駕籠組と合流
花を生けるのは 智子さん 内山さん 袰岩さん
花が供えられました
柏手の神式です
淑子さんに見習って参拝
普段は門が閉じられてますがこの日は特別開放してもらいました
ここから石段を登るのですが、このとき「カモシカ!!」が・・・
森林浴をしながら
南部英麿さまのお墓の前
16回生の真山さんから神妙に説明を聞いて
4キロをゆっくり2時間かけて歩きやっと高松の池に到着
淑子さんと一学年下の方々と
御徒組(駕籠の前を歩く人を御徒と言うそうです)つまり健脚組です
夜の部 駅前「とりぼん」に福士先生が駆けつけて
淑子さんは福士先生を妹さんの同級生と間違いました!!
「とりぼん」に参加した福ちゃん 東京からの成瀬さん
細川さんと八柳さんと袰岩さん
高野さんと坂水さんは遠野に出発 八柳さんも14日遠野へ
14日 遠野へ
猿ヶ石川の畔を歩く
宮守にある「遠野麦酒苑」で休憩
地元のお神楽が歓迎の舞を披露
まずは地ビールでのどを潤して ここは「わさびビール」が有名
我々はマンゴーとグレープのビールを
色がきれいで味もフルーティで美味しい
鮎の塩焼きとひっつみ(すいとん)の定食
一列に並んでるのはお庭の緑を見るために
こどもたちがとちの実で遊んでました
遠野八幡宮祭り
赤い着物に前垂れをつけて 踊りは大変優雅です
遠野にある南部神社をお参り
うしろのホテルが八柳さんたちが泊まってるホテル
せまい遠野でしたが会えませんでしたね〜

八柳さん、高野さんらグループは大迫のワイナリーでワインを試飲、
そのあと田舎屋で自然食の昼食だったとか。
お互いにいい時間を過ごしましたね。
15日 小岩井農場
手づくり村の「ナナカマド」を見上げる淑子さんと友子さん
小岩井はブナ林のなかでマリンバのコンサート
木々に反響して森の中に癒しの音が響きました
昼食は一人1枚のステーキ??
昼食は牧場で買った手作りパンに友子さん手作りのジャムと牛乳でした
岩手山が雲の中に隠れてましたがこの日も爽やかないい日でした
友子さん運転の車中から撮った「一本櫻」

    
どんどはれ
番外編
ヘーマント・クリスチャン・シン駐日インド大使公邸
第43代当主南部利淳さま(淑子さんのお祖父様)ご夫妻が
ヨーロッパ・アメリカ旅行から帰られて昭和2年に戸塚(現早稲田)に
建てられた邸宅、淑子さんのご兄様方と、淑子さんが生まれた家です。
居間で ほとんど変わっていない当時のままの住まい
大使夫人の描いた絵が暖炉の上に。
狛犬さんの置物
シン大使公邸改築のときお庭から一匹の狛犬が見つかって、
それを模して対の狛犬を作ったそうです。
土のなかから見つかったのはリビングに大切に置かれていたそうです。

 
終わりに
私たちの「南部家のルーツを辿る会」も無事に終了、この企画に賛同して参加下さった方々に感謝申し上げます。

淑子さんのご了解も得ないままに勝手にルーツをひもどきはじめた私たちは、次々と浮かび上がってきるご先祖様のことが、まるで謎解きのように判明するとうれしく、想像力をたくましくして少々勝手に解釈したりしました。

今回このレポートを書きながらもしかして淑子さんに失礼なことがあれば申し訳ないとこころ苦しく思っていたところ、今日淑子さんからやさしい思いやりのあふれたメールが届きました。

今回淑子さんと一緒の時間を過ごして感じたことは、やっぱりどこか「南部家のお姫様」は違う!!ということです。
決して騒がず、何気なく人を思いやる気持ちとしぐさ、にじみ出る人柄、南部家の長い歴史の中で育まれた淑子さんものだと思いました。

すばらしい友をもって私は感謝と誇りでいっぱいです。

(以下、引用)
絢子ちゃん
お忙しい中、早速丁寧にまとめていただいた先日の会の様子(公民館ー北山ー高松の池)八幡様、遠野等、あの日の楽しさがよみがえり嬉しく拝見しました。

私はなにもお手伝いもできず、また不勉強で自分の家のルーツもあまり知らずにいたのに、こうして皆様から祖先の人物像や歴史上の出来事をたくさん聞かせて頂くことができ、なんと幸せなことかと思います。

南部藩の歴史と共にこの盛岡の地で皆様のご先祖様と南部家とのたくさんのご縁があったこと、その結果がまた私が良い友に恵まれて楽しいお付き合いを今していることに感慨深いものがあります。
盛岡が一層身近に感じられ、私も折にふれ子や孫たちに「南部家のルーツ」を語りついでいかなくては・・・とすこしばかり責任も感じてしまった今回の旅でした。

同級生の皆様、附六会の皆様方に深く深く感謝しています。有難うございました。
淑子
 

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